数珠


転載

数珠は、仏様や菩薩様、ご先祖様を拝むときに回数を数えたり、
通夜や告別式などに参列するときに使う。
宗派によって多少形が異なるが、数珠本来の意味は同じ。
数珠は、珠の数が108個のものが正式とされている。
これは人間の煩悩の数で、その煩悩を消滅させる功徳があると言われている。
数珠はお釈迦様の時代にはすでにあり、古来ヒンドゥー教のバラモンが儀式で使い、
その後、密教の僧侶が使い始めたとされる。
日本へは仏教伝来と同時に伝わり、
当時は貴族の仏教徒のみが使っていた。
その後は、鎌倉時代になると、一般の仏教徒も使うようになった。
数珠は持っているだけで魔除けや厄除けとなり、福を授かるともいわれている。

地球照


転載

細い月をじっくりと眺めると、
月の明るく光る部分の他に、
見えないはずの月の暗い側の部分が薄ぼんやりと見えることがあります。
この薄ぼんやりと見える部分を地球照(ちきゅうしょう)呼びます。

地球と月は、互いの共通重心の廻りを27.3日ほどかけて一回りします。
新月の時には、太陽 → 月 → 地球 ・・・ 新月
という順番でほぼ一直線に列んでいます。
この順番がもし、太陽 → 地球 → 月
という状態になっていたらこれは「満月」です。
太陽の光をくまなく受けて明るい部分しか見えない月を眺めることが出来ます。
では新月の時に、地球から月ではなく、月から地球を眺めるたとしたらどうでしょう?

新月のころに月の上では見事な「満地球」が見えているのです。

月は受けた太陽光のおよそ6%程しか反射しません。
我々は「満月はまぶしい」と思いがちですが、
実は太陽光の1/20位しか反射していないのです。
地球は大体30~40% 。
海の部分が多いところか陸地が多いか、雲が多いか、
雪に覆われた部分が多く見えるか・・・と言った条件で違いは有るものの
月の6%という反射能に比べると、格段によく太陽光を反射します。

二十六夜の月や三日月といった細い月の影の部分
(地球で言えば夜に相当する部分)から地球を眺めてみると、
新月の時に眺めた満地球に近い、ほんのちょっと欠けた地球が見えるはずです。
このとき、月の夜の部分は満月よりずっと明るい地球に照らされている訳ですから、
月面は「夜の散歩」に不自由がないくらい明るいはず。
この地球に照らし出された月の明かりが地球照の正体なのです。

普通肉眼ではっきりと分かるのは新月の前後4~5日程度の範囲。
空が大変暗い場所や双眼鏡などを使ってであれば半月近くまでその存在が分かります。

鬼門の枕

(転載)

鬼門
建物の真ん中を基準点とし、北東と南西に対角線を引き、
基準点からの対角線上を0度とし、
北側に30度・東側に30度の扇状の部位が表鬼門
南側に30度・西側に30度の扇状の部位が裏鬼門

枕の向きで影響があるのは
男性は北東の部分だけ、女性は南西の部分だけ。

北枕は蘇り、再生を期する向き。
非常に疲れてて、どうしても疲労が抜けないときや、
自分自身の再起・再生を願うとき、北枕は有効。
元気な人より、老人や、慢性病で悩む人、精神的にダメージを受けた人にはよい。

北枕にすると、漢方医学では、「頭寒足熱」の論理で、
健康に良く、熟睡できる方位となる。
北の象意は、信頼関係・守秘・男女の愛・貯蓄など。
人間関係もうまく行き、お金がとても貯まる方位。

東北枕は、鬼門に向き、公転周期に対して23.5度
太陽よりに傾いている地軸の影響か金縛りや霊夢を見ることの多い向き。

北東は、変化・転職・不動産・相続・蓄財など。
資産財運が向上し、再起する向き。

東枕は、若さ・健康・発進・機動・発展。
早起きができる方位。
鬱傾向のある人や、やる気のでない人、
引きこもりがちな人、あるいは
営業マン・未成年・独立を狙っている人によい。

東南枕は、人間関係を良くしたい、
恋人が欲しい、良い縁のある相手に巡り会いたい、などの願いある人によい。
東南の象意は、調う・整理・宣伝・縁談・信用など。
この方位で寝ると、良縁や良い仕事先が調いやすくなる。

南枕は、インスピレーションを必要とする人や、
創造する仕事とか芸能関係に従事する人に良い。
南の象意は、人気・名誉・発見・直感力・知性・美容・別離など。

南向きに寝ると、勘が冴えやすくなるが、熟睡できない。

南西枕は、裏鬼門の向き
地軸の影響で、南西に墓地や良くない波動のある場がない限り、
金縛りなどの障りは、北東ほどはない。
南西の象意は、労働・忍耐・努力・勤勉・育成など。
物思いや思い悩みをする人や、頑固なところのある人にはよくない。
落ち着きのない人や、安定を求める人にとっては、効果的。

西枕は熟睡しやすい方位。
年配の人や、不眠傾向のある人にはよい。
西の象意は、金銭・遊び・恋愛・金運・飲食など。
この方位は、飲食業や接客関係の人には特に良い方位。

北西枕は、主人となる方位。
北西の象意は、長じる・主人・高上・勝負・完全・充実など。
神仏の宿る方位ですので、この方位には、
神棚や御神符、仏壇、仏像などを置くと良い方位。
敷地に一本の高い樹を植えると、神宿り、御神木となる。
社会的もしくは家庭的に、地位向上を願うなら、
心願成就のお札を頭の上の方に置くか、枕の下に敷いて寝ることは、効果的。

斎藤緑雨
青皇の春と、赤帝の夏と、
行会の天(ゆきあいのそら)に咲くものなれば、藤は雲の紫なり

五行で
木(青・春)
火(赤・夏)
土(黄・土用)
金(白・秋)
水(黒・冬)

藤は春と夏の間に咲く
色は紫色(赤と青を混ぜると紫)
藤は二季草(ふたきぐさ)という異名もある 

一関県と磐井県

磐井県(いわいけん)は、明治8年(1875年)に陸中国南部および陸前国北部を管轄するために設置された県。
現在の岩手県南部および宮城県北部にあたる。
仙台藩のうち戊辰戦争の敗戦により没収された地域と、支藩であった一関藩の支配地域を管轄した。

明治4年11月2日(1871年12月13日) - 第1次府県統合により一関県・江刺県・胆沢県が統合され、
新制の一関県が発足。県庁を磐井郡一関村(現在の岩手県一関市)に置く。
明治4年12月13日(1872年1月22日) - 水沢県に改称。県庁は胆沢郡水沢に置かれる予定であったが、
実際には登米郡寺池村の登米県庁として使用される予定だった建物
(現:宮城県登米市登米町寺池桜小路1-5)に置かれた。
明治8年(1875年)11月22日 - 県庁を磐井郡一関村に移転して磐井県に改称。
明治9年(1876年)4月18日 - 第2次府県統合により、
磐井県のうち陸中国部分を岩手県に、陸前国部分を宮城県に編入。同日磐井県廃止。

事の八日

2月8日と12月8日をまとめて「事の八日」と呼ぶ。
「事の八日」とは事始めの日であり、また事納めの日でもあるから。
事始めの日を2月8日とする地域と12月8日とする地域が有る。
日付の違いは、この時に始める「事」が神の「事」なのか人の「事」かという違い。

12月8日を事始めとするのは、
年神を迎えるための正月行事(準備から後片づけまでを含め)を始める日とすることから。
年越しの「神事」が始まる日。
2月8日を事始めとするのは、
年神を迎えるための正月行事が終わり、
農作業といった、日々の営みが始まる日とすることから。

事始めの日が一方では事納めの日でもあるのは
一年を年神を迎えるための一連の正月行事という「神事」の期間と
それ以外の人間の日常の期間とに分けるのであれば
一方の始まりの日はまた一方の終わりの日ということになる。

(拾い物)

九品

九品(くほん)

中国の官吏の能力区分に使われていた分類法。
上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)の三段階が
さらにそれぞれ
上生(じょうしょう)・中生(ちゅうしょう)・下生(げしょう)
に細分される、九つの階層から成る。
これが仏教思想に持ち込まれ、
人間の魂に優劣がつけられ、それによって死後の世界が決まる、
極楽に往生するパターンが人間の資質によって区別されると考えられた。

法然は、念仏行は九つの階層すべての人々に功徳があり、
重い罪を犯した最下層の人、下品下生の人でも救われると説いた。

新渡戸稲造

※「武士道~ ザ ソウル オブ ジャパン~」に於ける一節。
新渡戸稲造が米国で、日本文化を紹介する目的で発刊。

「礼は寛容にして慈悲あり。礼は人を羨まず、自慢せず、思い上がらない。
自分自身の利益を求めず、怒る事なく、人を疑わない」
「礼は慈悲と謙遜という動機から生じ、
他人の感情に対する優しい気持ちによって物事を行うので、
いつも優美な感受性として現れる。
礼の必要条件とは、悲しみにある人と共に悲しみ、喜びにある人とともに喜ぶ事である」
「礼とは、その内に仁を秘めたるものであり、
その最高に洗練された姿はほとんど愛に近づく」

初夢の定義

元日と二日の間に見た夢
 大みそかは夜更かしをするという古来からの風習により
 大みそかから元日はほとんど眠らない、ということで。

正月二日と三日の間の夢
 江戸時代末に拡がったという
 仕事始めなどの年初行事が 2日からでこの日を実質的な年初と考え
 その後の最初に見た夢、ということで。

一富士 二鷹 三なすび
静岡県あたりの名産で、
徳川家康にあやかろうというゲン担ぎのようなものでとくに古い根拠はない。
四綿 五煙草と続く

木守り

木守り(きまもり)
1.木の番人。こもり。
2.来年もよく実るようにという祈りをこめて、
 わざと木に一つだけ残しておく果実。

果実の木の実を取り入れてしまわず、一つだけのこす風習
最後に残した実のことを木守りと呼ぶ。
来年もまた沢山の実をつけてくれるようにと願いを込めた行事。

木名乗り?
裸木になって何の木なのかよくわから無くなってしまうので
実を残して何の木なのかすぐにわかるようにする。

木名残り?
実を実らせる季節が過ぎてもその季節の名残をとどめている。

衣替え

衣替え→本来は更衣

四月一日 綿入れから、綿を抜いた袷(あわせ)へ
五月五日 袷から帷子(裏地のない単衣の衣)
八月十五日 帷子から生絹(すずし。生糸製の練っていない織物)
九月一日 生絹から袷へ
九月九日 袷から綿入れへ
十月一日 綿入れ(練絹の綿入れ)へ

眠気を解消するマッサージ

・耳たぶマッサージ
1 耳たぶを下にゆっくり3秒ひっぱり、パチンと放す。
これを4~5回繰り返す
2 耳全体を軽く揉み、揺らす
※眠気だけでなく、頭痛や肩こり、冷えや目の疲れにも良い。

・目覚めのツボ押し
1 目頭を息を吐きながら鼻の根元に向ってやさしく押す。
次に左右の目の上の骨に両親指を添え、息を吐きながら骨を上に押し上げる。
最後に左右の目の下の骨に親指以外の両指先を添え、
息を吐きながら骨を下げるように押す。
2 合谷 人差し指と親指の骨が合流する所からやや人差し指寄りにあるくぼみを
強く長めに押す。
3 百会 両耳から頭頂部へ向かう線と鼻の延長線が交わる所をゆっくりと押す。
自律神経を整えるため、寝る前に押しても良い。


快眠呼吸法
1 鼻から息を吸う(4秒)
2 息を止める(4秒)
3 口から息を吐く(8秒)
1~3を5回から10回繰り返す

眠りが浅い人は睡眠時間を減らす

眠りが浅く、何度も目覚めてしまう人は、寝過ぎの可能性がある。
睡眠時間は加齢とともに短くなる傾向にあり、
25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳で約6時間と報告されている。
(厚生労働省 健康づくりのための睡眠指針2014)
高齢者の場合、睡眠時間を短くすることで何度も目覚めるという悩みが改善されることがあるという。
「睡眠時間制限法」と呼ばれ、不眠治療の現場でも使われている。
自分の適正睡眠時間を知り、眠りの質を高める。

自分の適正睡眠時間の調べ方。
1週間ずつ、睡眠時間を変える。
8時間、7時間半、7時間、6時間半、6時間と試してみる。
長いとだるさが残り、短いと日中ときどき眠くなる。
丁度よければ、眠気も疲れもなく、仕事や勉強に集中できる。
個人差があり、年齢とともに変化する。

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↑ とはいうものの、そんなに簡単な話ではない。

土用

土用は本来は年に4回あり、立春、立夏、立秋、立冬前の
18~19日間(入りの時刻による)を土用と言う。

土用の「土」は五行の「土」のこと
春は木
夏は火
秋は金
冬は水
としてそれぞれの季節の終わりに土がある。
各期はだいたい73日+土18日~19日で1年がほぼ四等分される。

土とは物を変化させる作用を持ち、「用」は働きの意味を表す。
それぞれの季節を土用が変えるという意味。


暦によると昨日10月20日は土用入りだった。
立冬は11月7日。
(年によって変わる)

神の旅

神の旅
旧暦10月、神々が出雲大社に集まるために旅立つということ。
冬の季語。(広辞苑より)

神様方が出雲に集まるのは人間達の縁結びの相談のためと言われている。

出雲へ集まる神様の話とは別に、旧暦の十月は
田の神様が、山に帰って行く月だともいわれている。


神在祭(かみありさい)
旧暦10月10日 
古代の神衹祭祀制度は十月が空白になっている。
これは出雲で十月に御忌(おいみ)祭が行われるからである。
「国作りの神」である大国主大神が出雲を治められていた。

小豆パック

小豆パック


小豆250gを布袋に入れ、冷凍庫で1時間以上冷やす
布袋は口が閉まるものを使う。冷やす時は平らに広げる
暑い夜に後頭部に当てて寝る
(冷たさは20分ほど)


小豆250gを皿に広げ電子レンジで30秒ほど温める
W数によって加減する
温めた後、布袋に入れる
リラックスしたい時に首筋に当てる

小豆パックは市販のものも売られているが
自宅に自家製小豆がある人や乾小豆を買ったけど食べきれなかったと言う人は自作でも、ということで。
温冷どちらでも繰り返し使えるが、小豆パックに使った小豆は食べるのには品質が落ちていると思われるのでパック専用に。
余談だが、どこぞのBさん(ドラマの中)は40年前の小豆を食べていたが、あれはありえない。


和漢名数

二王
 愛染明王
 不動明王

二天
 日天子(にってんし)
 月天子(がってんし)

三種の神器
 八咫鏡(やたのかがみ)
 天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)
 八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)

日本三名園
 兼六園
 偕楽園
 後楽園

三河川
 坂東太郎(利根川)
 筑紫二郎(筑後川)
 四国三郎(吉野川)

四座(能)
 観世(かんぜ)
 金春(こんぱる)
 宝生(ほうしょう)
 金剛(こんごう)

四書
 大学
 中庸
 論語
 孟子

四天王
 持国天(東)じこくてん
 広目天(西)こうもくてん
 増長天(南)ぞうちょうてん
 多聞天(北)たもんてん

五節句
 人日(正月七日)じんじつ
 上巳(三月三日)
 端午(五月五日)
 七夕(七月七日)
 重陽(九月九日)

五戒(仏教の在家の戒律)
 不殺生戒(ふせっしょうかい)
 不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
 不邪淫戒(ふじゃいんかい)
 不妄語戒(ふもうごかい)
 不飲酒戒(ふおんじゅかい)

六書(りくしょ)
 象形(しょうけい)
 指事(しじ)
 会意(かいい)
 形声(けいせい)
 転注(てんちゅう)
 仮借(かしゃ)

六道(りくどう)
 地獄
 餓鬼
 畜生
 修羅
 人間
 天上

六曜
 先勝
 友引
 先負
 仏滅
 大安 
 赤口

七宝
 金
 銀
 瑠璃 
 玻璃(はり)
 蝦蛄(しゃこ)
 珊瑚
 瑪瑙

七味
 蕃椒(とうがらし)
 胡麻
 陳皮
 罌粟(けし)
 菜種
 麻の実
 山椒

七福神
 大黒天
 恵比寿
 毘沙門天
 弁財天女
 福禄寿
 寿老人
 布袋和尚

七草(春)
 芹(せり) 
 薺(なずな)
 御形(ごぎょう)※母子草
 蘩蔞(はこべら)
 仏の座(ほとけのざ)
 菘(すずな)※蕪
 清白(すずしろ)※大根

七草(秋)
 萩(はぎ)
 尾花(おばな)※すすき
 葛(くず)
 撫子(なでしこ)
 女郎花(おみなえし)
 藤袴(ふじばかま)
 朝顔(あさがお)※ききょう

八卦
 乾(けん)
 兌(だ)
 離(り)
 震(しん)
 巽(そん)
 坎(かん)
 艮(ごん)
 坤(こん)

八苦
 生(しょう)
 老(ろう)
 病(びょう)
 死(し)
  ※以上四苦
 愛別離苦(あいべつりく)
 怨憎会苦(おんぞうえく)
 求不得苦(ぐふとっく)
 五陰盛苦(ごおんじょうく)
  ※四苦とあわせて八苦

九流十家
 儒家(じゅか)
 道家(どうか)
 陰陽家(おんようか)
 法家(ほうか)
 名家(めいか)
 墨家(ぼくか)
 雑家(ぞうか)
 縦横家(じゅうおうか)
 農家(のうか)
  ※以上、九流
 小説家(しょうせつか)

十哲(孔門)
 顔回(がんかい)
 子貢(しこう)
 子路(しろ)
 子游(しゆう)
 子夏(しか)
 冉有(ぜんゆう)
 宰我(さいが)
 仲弓(ちゅうきゅう)
 冉伯牛(ぜんはくぎゅう)
 閔子騫(びんしけん)

十哲(蕉門)
 其角(きかく)
 嵐雪(らんせつ)
 支考(しこう)
 許六(きょりく)
 去来(きょらい)
 丈草(じょうそう)
 野坡(やば)
 越人(えつじん)
 北枝(ほくし)
 杉風(さんぷう)
  ※野坡以下の四人のかわりに、曾良(そら)・惟然(いぜん)・
   土芳(とほう)・桃隣(とうりん)を加える説もある。

十大弟子
 舎利弗(しゃりほつ)
 目建連(もっけんれん)
 迦葉(かしょう)
 阿那律(あなりつ)
 須菩提(すぼだい)
 富楼那(ふるな)
 迦旃延(かせんねん)
 優婆離(うばり)
 羅睺羅(らごら)
 阿難陀(あなんだ)


十二宮
 白羊宮(はくようきゅう)
 金牛宮(きんぎゅうきゅう)
 双子宮(そうしきゅう)
 巨蟹宮(きょかいきゅう)
 獅子宮(ししきゅう)
 処女宮(しょじょきゅう)
 天秤宮(てんびんきゅう)
 天蠍宮(てんかつきゅう)
 人馬宮(じんばきゅう)
 磨羯宮(まかつきゅう)
 宝瓶宮(ほうへいきゅう)
 双魚宮(そうぎょきゅう)

十八番
 不破(ふわ)
 鳴神(なるかみ)
 暫(しばらく)
 不動(ふどう)
 嫐(うわなり)
 象引(ぞうひき)
 勧進帳(かんじんちょう)
 助六(すけろく)
 外郎売(ういろううり)
 押戻(おしもどし)
 矢の根(やのね)
 景清(かげきよ)
 関羽(かんう)
 七つ面(ななつめん)
 毛抜(けぬき)
 解脱(げだつ)
 蛇柳(じゃやなぎ)
 鎌髭(かまひげ)

みそかとつごもり

みそかは三十日のこと
太陰暦では三十日を超えることが無かった(二十九日か三十日)為、
月の末日を「みそか」と呼ぶようになった。

太陰暦の月の末は、夜に月が昇ることが無く、月が隠れたように見えることから、
「月隠り(つきこもり)」 → 「晦日(つごもり)」となり、
「晦日」と書いて「みそか」とも読むようになった。

大晦日は、一年の最後の晦日なので、
晦日の上に大きいという字をつけて大晦日。
おおつごもりと言うこともある。

現在の暦では、大晦日は「三十日」でもないし、「月隠り」でもないが、
呼び方だけが残っている。

大晦日は一年の終りの日。
年越し蕎麦を食べる習慣は江戸時代中期から始ったもの。
元々月末に蕎麦を食べる習慣があり、

大晦日のみにその習慣が残ったものである。
金箔職人が飛び散った金箔を集めるのに蕎麦粉を使ったことから、
年越し蕎麦を残すと翌年金運に恵まれないと言われる。
除夜の鐘は 108回撞かれる。
眼・耳・鼻・舌・身・意の六根のそれぞれに苦楽・不苦・不楽があって18類、
この18類それぞれに浄・染があって36類、
この36類を前世・今世・来世の三世に配当して 108となり、
これは人間の煩悩の数を表すとされている。
また、月の数12、二十四節気の数24、
七十二候の数72を足した数が108となり、
1年間を表しているとの説もある。

おはらいばこ

御祓箱(おはらいばこ)
伊勢神宮から頒布される御祓の大麻(たいま)を入れてある箱。
江戸時代には、御師(おし)から諸国の信者へ年ごとに配りに来た。
毎年新しいのが来て古いのは不用となることから御払箱。
転じて「祓い」と「払い」かけて雇人を解雇すること。
不用品を取り捨てること。

言語由来辞典より
お払い箱は、本来「お祓い箱」と書き、
伊勢神宮で檀那(だんな)に配ったお祓いの札を入れておく箱を意味した。
「お祓い箱」の中の札は、毎年新しい札に取り替えられるため、
「お祓い」と「お払い」をもじって、不要になった物を捨てることを
「お払い箱」と言うようになり、解雇などの意味を含むようになったとされる。

町田宗鳳

(転載)

「法然のゆるし」より

万人が救いの対象となった寛容な専修念仏の教えは、
人心をわしづかみにした一方で、
「積極的に悪事を働いても弥陀の本願力は妨げられない」と
誤解される危険をはらんでいました。
「造悪無礙論」といわれる考え方のことです。
宗教の圧倒的権力から解放されることを望んでいた当時の人々にとって、
混乱の世における包括的な救済論は渡りに舟でした。
教えが広まるにつれて、専修念仏を自分に都合よく曲解して
反社会的な行動に出る。念仏者が続出するようになり、
そのことはやがて、浄土宗が危険思想とみなされて弾圧される要因となりました。
法然の教えは。常識を大胆に破るインパクトの強い思想で、
いわば急病を治す特効薬のようなものであった反面、毒性も強かったのです。
法語によれば、「阿弥陀仏の誓いは、ひどい罪を犯した最低の人間と、
愚かで理解の浅い人々を救済するためになされた」と法然は言っています。
しかしそれは、すでに行ってしまった悪事のことで、
しかも血の涙を流すくらいに懺悔したうえでの救済であり、
法然は小さな悪事でも積極的に犯すべきではないと繰り返し警告していました。
自分は立派だと思っている人と、深い懺悔の心を持つ人と、
どちらが仏に近いかといえば後者であって、
法然は深い懺悔の中で真剣に称えられる念仏こそ、
厳しい修行よりも貴いと判断したのです。
懺悔の過程が省かれている宗教はさまざまありますが、
懺悔なく信仰を積み上げていくだけでは、
不運とも思われる出来事に遭遇したときに、
簡単に信仰を捨て去ることになりかねません。
そのような信仰では、期待や自意識を積み上げてしまい、
裏切られたように感じるからです。
「善人尚ほ以て往生す、況や悪人をや」という悪人正機説は、
一般的には親鸞が初めて唱えたように考えられていますが、
それを経典の中に見つけて注目したのは、
親鸞の師匠であった法然のほうが先です。
そこで法然が「悪人(から救われる)」と言ったのは、
嘘をついたり盗みを働いたりする、いわゆる道徳的な悪人を指していたのではなく、
自分の服を自覚した人のことを示していたのです。
それは、トラウマに気づいた人と言い換えることもできます。
反対に「善人」とは、道徳的であろうとする意識的な自己しか
見ていない人という意味になります。
『選択集』において、法然は
「極悪最下の人のために極善最上の法を説く」といっていますが、
それは悪いことをした人から救われるということではありません。
どれだけ高学歴で上品な恰好をしている人であっても、
みな深層意識には盲目的な衝動や、悪魔的な何かがあります。
ユングの説いた、「四位一体」の考えをご存知でしょうか。
キリスト教信仰の「神と子と精霊」を一体現する「三位一体」説に、
サタン(悪魔)を加えた考え方のことです。
ユングは臨床心理学の立場から、三位一体説には、
存在するはずのサタンの居場所がないと異議を唱えました。
無意識(サタン)を不当に抑圧することが多様な精神病の原因となっており、
それを積極的に意識と統合させることで心の病から回復するばかりか、
人格をより完成させるというのが、彼の主張でした。
サタンに相当するものを魔女や異端として他者に振り向け、
信者との対立構造をつくることで下部を切り捨ててきたのが、
キリスト教の歴史です。そのように自己の外に悪を対象化する思考構造は、
近代文明の根幹をなすものとなってしまっています。
仏教的にいえば、サタンは心に巣くう煩悩であり、
排除しようとしてもとうてい排除することなどできないものです。
法然が、その煩悩を抱えたままの人が救われる道を模索した結果、
見出されたのが悪人正機説であり、専修念仏だったのです。
法然も親鸞も言っていた「凡夫往生」の凡夫とは、
いわゆる平凡な人のことではなく、何のとらわれもない人のことてです。
法然が唯一、筆をとってしたため『一枚起請文』に、次のような一節があります。
「念仏を信せん人は、たとひ一代の御のりをよくよく学すとも、
一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともからにおなしくして、
智者のふるまひをせすして、たた一向に念仏すへし」
〈念仏を信じる人は、たとえ仏教経典のすべてを読み尽くしていたとしても、
知識人ぶらずに、何も知らないで無知でおろかな人間のように、
ひたすら念仏すべきである〉
この「無知で愚かな人間」、凡夫ということについて、
私が大切にしているのが“タダの人”という考え方です。
講演会などではよく、善導の『観経流』に出てくる「二河白道の譬」を使い、
火の河と水の河を、優越感と劣等感に置き換えて、その解説をしています。
自信過剰と自己不信という2つの河に落ちずに、その真ん中をスーッと渡るのが、
いっさいのとらわれのないタダの人であって、
凡夫往生とはそのような人から救われるということなのです。
自分は賢いとか容姿がいいなどとを思っている人は、
そのことにとらわれてしまい、タダの人たりえません。
逆に、エゴが木っ端微塵に壊された人こそがタダの人、凡夫です。
しかし、人間は優越感と劣等感のどちらかに陥っていることがほとんどですから、
タダの人でいることは非常に難しい。
その意味ではむしろ、タダの人こそ真のエリートといえましょう。
これを文学になぞらえると、トルストイの民話「イワンのばか」の主人公が、
宮沢賢治の世界ならば「でくのぼう」のような人がタダの人です。
法然の言葉を借りれば「生まれつきのまま」の人に、
禅の世界では「痴聖人(ちせいじん)」になります。
そういう人は、自分が自分であることに満足しているため、
幸せだという実感に包まれており、それ以上何も手に入れる必要がありません。
だから自分の境遇に感謝することができ、
不遇に苦しむ他者に心から同情して愛を与えることもできるのです。
既成権力からの弾圧に屈せず、専修念仏によって人々を救おうとした
法然自身がそのような人であったことは、言うまでもありません。
(町田宗鳳)

日本茶

水道水を使う場合は、2~3分以上沸騰させるか、
4~5時間以上汲み置いてカルキを抜く。
ミネラルウォーターを使う場合は、軟水を使って、一度沸騰させる。

玉露や上煎茶は低音(60度~70度)で2~3分じっくり時間をかける。
並煎茶は90度で1分。
玄米茶やほうじ茶は茶葉の量を多めにして、熱湯で30秒。

※沸騰させたお湯をポットに移す⇒90度
 ポットから茶碗に注ぐ⇒75度
 6~7分置く⇒60度
 (季節や室内の温度によって変わる)

急須に茶葉を入れ、お湯を注いだ後は、葉が開くまでゆすらずに静かに待つ。
急須の最後の一滴まで注ぐ。


茶碗と茶托は別にしてお盆に乗せ、ふきんで茶碗の底を拭いてから茶托に乗せ、
茶托を持って出す。
上座のお客様の右後方に回って右側から出す。
茶碗の絵柄がお客様の方に向くように茶碗の向きを揃えて出す。

砂糖・塩をさらさらに

砂糖が固まってしまったら
食パン少量をちぎって一緒に容器に入れる。
(食パンの水分を砂糖が吸収してほぐれる)


塩が固まってしまったら
塩をフライパンで炒るか
炒った米を数粒一緒に容器にいれる。
(塩の場合は乾燥させるとほぐれる)

醤油・味噌・酒

醤油
大豆と小麦を混ぜたものに麹を加えて発酵させた調味料。
始まりは中国から伝わった「径(金)山寺味噌」の樽にたまった液
(たまり醤油の原型)という説もある。
通常は、濃口、淡口、たまり、再仕込み、白の五つに分類される。

味噌
大豆に麹と塩を混ぜ、熟成させて造る日本古来の発酵食品。
使われる麹の種類により米味噌(米麹)、麦味噌(麦麹)、豆味噌(豆麹)の三つに大別される。
そのほか、白味噌、淡色味噌、赤味噌という色による分け方もある。


日本酒の原料は、米と麹と水。アルコール添加の有無により「純米酒」「本醸造酒」などに大別。
精米の度合いによって「吟醸酒」「大吟醸酒」に分けられる。
日本酒の特徴的な仕込み技術は、奈良の僧侶たちによって完成されたといわれている。

ぼたもちとおはぎ

春の彼岸に食べる「ぼたもち」、秋の彼岸に食べる「おはぎ」
牡丹の花が咲く春に食べるのが「ぼたもち」、
萩の花が咲く秋に食べるのが「おはぎ」。
小豆餡でくるんだお餅は餅米が五穀豊穣、
赤い小豆が災難除けを意味している。
「ぼたもち」は漢字で書くと「牡丹餅」。
この時期は小豆の粒餡をまぶしたお餅が
牡丹の花に似ていることからそういわれた。
「おはぎ」は「御萩」。
小豆の粒餡が、萩の花が咲き乱れる様子に
似ていることからきたという説がある。

大きさの違い、餡の違いなどの説もある。
牡丹は大きくて丸い花で「ぼたもち」は大ぶり、
萩の花は小さいので「おはぎ」は小ぶり。
小豆の漉し餡を使ったものが「ぼたもち」、
粒餡を使ったものを「おはぎ」とする説。

昼夜等分の日

春分の日、秋分の日=昼夜等分の日ではない
地域によってこの「昼夜等分の日」は多少異なる。

日出没の時刻の定義
太陽の上辺が地平線に接する瞬間
太陽の上の縁が地平線にかかった瞬間に日の出となり、
太陽の光の最後が地平線下に消える瞬間が日没となる。
太陽中心が地平線にかかる瞬間より
日出は、太陽の半径分早い
日没は、太陽の半径分遅い
半分と半分で都合太陽 1個分、昼の方が夜より長くなる。
太陽 1個分の角度を地球が自転するのに要する時間は 2分間。
実際の日出没の計算には、

地球の大気による浮き上がり現象も考慮されるので
もっとこの時間は大きくなる。

ストレッチ

朝目覚めたら
寝た姿勢のまま
肩、肘、膝などの関節を意識しながらゆっくりと伸ばす
仰向けの状態で
右膝を曲げてねじるように下半身だけ左側に倒す
左膝を曲げてねじるように下半身だれ右側に倒す
右膝を曲げて胸に引き寄せる。左足は下方向に伸ばす。つま先は立てる。
反対側も同様に。

歯を磨きながら
軽く膝の上下運動
その後かかとの上下運動

歩くとき
いつもより10センチ程度広めの歩幅で
速度も早めを意識して歩く

階段を登るとき
上がる脚の膝を心持ち高く持ちあげる
この時おなかを引き締め
背筋をしっかり伸ばす

座っているとき
背筋を伸ばして座り
両ひざに力を入れて
意識的に押し合う

半ドン

1876(明治9)年、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施。
それまでは、1868(明治元)年9月の太政官布告により、
31日を除く1と6のつく日を休日としていた。
しかし、欧米との交易等で不便があっため、欧米と同じ仕組みに改めた。

1871(明治4)年から皇居で毎日正午に大砲(午砲・ドン)を撃っており、
土曜日はドンとともに仕事が終わることから、
丸の内に勤める人たちの間で「半ドン」と呼ばれるようになった。
ドンは全国の都市で行われるようになり、
それとともに「半ドン」という言葉も全国に広まった。
また、オランダ語で日曜日を意味するzondag(ゾンターク)が訛って
「ドンタク」となり、土曜日は半分が休日であることから
「半ドンタク」略して「半ドン」となったとする説もある。

文字の書き方のコツ

細い線ではクセ字やアンバランスさが強調されるので
状況が許せば太めのペンを使う。
文字の大小を意識する。
ひらがなは漢字に対して八割程度の大きさ。
漢字の中でも、国や同など四角で囲う形のものや
鬱など極端に画数の多い字は大きく見えるので、やや小さめに書く。

おやつ

昔の、九ツ、八ツ、七ツ・・・という時刻の表し方での
「八ツ」の時刻の頃に食べる間食。

この数え方は
九ツ→八ツ→七ツ→六ツ→五ツ→四ツと
時が進むに従って数が減る。
四ツの次は九ツに戻る。
この時間の長さは昼と夜では異なり、季節によっても変わる。

節分と立春

邪気を祓う節分の豆まきの次の日は立春。
この二つはいつもセット。

二十四節気の立春は旧暦では春の始まりのことで
旧暦の元日ということではない。
年によっては「年内立春」といって、旧暦の元日の前に立春を迎えることもある。
今年平成30年は、旧暦元日は2月16日なので「年内立春」。
平成29年は旧暦の元日の後に立春だったので「新年立春」。
旧暦では、元日=一日は必ず朔(=新月)だが、
立春は朔とは無関係に定められるため、こんなことが起きる。

慣習的には立春の頃を年初と考え、春の始まりと年の初めを一致させるように。
立春前後に元日を置いてきた。
旧暦2016年は新暦の2016年2月8日~2017年1月27日。
新暦の2016年も2017年も立春は新暦の2月4日だったので、
旧暦2016年は立春が一度もなかった年になる。
旧暦の2017年は立春が二度あった年となった。

節分とは、季節の変わり目(立春・立夏・立秋・立冬)のそれぞれの前日。
今では旧暦の新年の頃=立春の前日の節分だけが残っている。
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おおやしまねこ