100分de名著

Eテレで月曜日の夜にやっている100分de名著という番組があるが、
取り上げる作品に興味がある月は見ている。
6月はシュピリの「アルプスの少女ハイジ」だった。
アニメではお馴染みの作品で、子どもの頃は見ていた。
アニメ自体はあのシリーズの中では面白かったと思う。

ハイジを取り上げると知って、初回、二回目はなんとなく流し見していた。
三回目の「ちいさな伝道者」というテーマの回が面白かった。
フランクフルトから戻ったハイジが都会で得たものを還元していくという話。
おばあさんに白パン、(字を覚えた結果)本を読んであげる、
おじいさんが村の人と交わるようになる、ここまではアニメでもやっていたが
クララのお医者様にも救いをもたらしていた―

三回目まで見たところで、テキストを買ってじっくり読んでみた。
アニメではさらっと流していたような場面も、原作では深い宗教観が根底にあるということがわかった。
特におじいさんが教会に戻る、村(共同体)に戻るというところは
聖書の「放蕩息子」の話をハイジがおじいさんに語って聞かせておじいさんを回心させている。
(どうでもいいことであるが、私は「放蕩息子」の話はあまり納得できない)
解説者によれば、おじいさんの回心がこの物語のクライマックスだという。

四回目も面白かった。
アニメの方では重要なシーンのクララが立つシーンは原作ではあっさりしているということ。
アニメではクララが誤って車いすを斜面から転がして壊してしまうシーンは
原作ではペーターが故意に車いすを壊してしまうという話だったということ。
原作のペーターはそんなに良い子ではないらしい。

でも、私はペーターが車いすを壊す話は見たことがある。
テレビではなく、漫画本だったとは思うのだが、絵自体はアニメと同じだった。(たぶん)
小学○年生の類の月刊雑誌だったか何だったのかははっきりとは覚えてはいないが、
家とか友達の家とか図書館とかではなく、
床屋か歯医者、あるいは他の病院?かで
順番を待っている時にそこに置いてあったものを読んだのかもしれない。
短い頁数で、その回は、ペーターが車いすを壊してしまう話だった。
今回取り上げられた原作と同じように、ハイジがクララにつきっきりで
それを面白く思わないペーターが、車いすを壊してしまうのである。
誰の訳だったのかはわからないが、原作に忠実だったということになる。
テレビアニメより数年後の話だが、はっきりいつとは覚えていない。
誰か覚えている人がいたら、いつの何の雑誌のどなたの訳だったのか教えてほしい。

アニメは子供用に、そして日本用に、宗教色を大分薄めているようだったので
原作をそのまま読んでみたくなった。

解説は松永美穂さんという方。
今月の100分で名著は面白かった。

内陸地震から11年

内陸地震から11年で追悼の祈り
06月14日 12時35分

17人が亡くなり、6人が行方不明となっている岩手・宮城内陸地震から11年となる14日、
土石流などで大きな被害を受けた栗原市では、遺族や住民が慰霊碑の前で追悼の祈りをささげました。
平成20年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震では、
栗原市や岩手県奥州市などで震度6強の揺れを観測し、
土石流などで17人が亡くなったほか、今も6人が行方不明のままです。
地震から11年がたった14日、従業員と宿泊客の合わせて7人が犠牲になった
栗原市の老舗旅館「駒の湯温泉」近くの慰霊碑の前には、遺族や住民などおよそ30人が集まりました。
そして地震が起きた時刻の午前8時43分に慰霊碑の前で黙とうしたあと、
順番に手を合わせ、追悼の祈りをささげていました。
当時、被災した旅館を経営していて母と兄を亡くした菅原昭夫さんは、
「地震が起きる前の地域の人々の顔を思い出すと、こみ上げてくるものがあります。
ここで実際にあったことを正しく伝えていかないといけないと思っています」と話していました。
また当時、旅館の従業員だった母親を亡くした菅原恵美さんは、
「当時のことが頭から離れたことはないですし、母に会いたいと気持ちは変わりません。
地震から11年が過ぎましたが、この日だけは皆さんに思い出してほしいです」と話していました。

【栗原市花山地区では】
栗原市の花山地区では14日朝、市の関係者が慰霊碑を訪れ、追悼の祈りをささげました。
花山地区の慰霊碑の前には、栗原市の千葉健司市長をはじめ、市の関係者など13人が訪れ、
地震が発生した時刻の午前8時43分に、防災行政無線から流れるサイレンに合わせて黙とうしました。
このあと参列者たちは、順番に慰霊碑に花を供え、手を合わせて犠牲者に追悼の祈りをささげていました。
栗原市の千葉市長は、「11年前のことがきょうのことのように思い出されます。
遺族の気持ちを思うと、胸が痛くなる気持ちはいまも変わりません。
今後も安心安全なまちづくりに向け、教訓としていかしていきたい」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20190614/0005871.html

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お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。

休憩室のテレビでお昼にこのニュースを見たが、
たぶん、駒の湯の方には前市長の佐藤勇さんがいたような気がする。
映像の中で前列中央の人が似ていると思ったのだが、
ニュースの中では触れられていないし、違うだろうか?
昨年は節目の10年目で、大きな式典が築館であり、前市長も出席したというニュースはみた。
もし、今年の映像のあれが佐藤勇さんだったのなら、
わざわざよく駒の湯(現市長がいたところよりさらに高地)まで行ったなあ(いい意味で)と思う。
地震の時には市長だったけど、今はそうじゃないし、もともと関西の出身の方だし
私人として出席したのだとしたら、現在どこにお住まいなのかはわからないけど
そこまでしてくれるとは。(別人だったらごめんなさい)

あの地震からもう11年。
その後にもっと巨大な地震がきたが、内陸地震は直下型だったので
家の壊れ方は内陸地震の方が酷かった。(私はその場にはいなかったが)
このところ、小さな地震がまたちょこちょこある。
もう大きい地震は来ないでもらいたい。




八木山動物園

セルコホームズーパラダイス八木山 仙台市が命名権契約を解除、汚職社員逮捕受け
 仙台市は3日、輸入住宅販売のセルコホーム(仙台市)と結んでいた
市八木山動物公園(太白区)の命名権(ネーミングライツ)契約を解除した。
動物公園の愛称「セルコホーム ズーパラダイス八木山」は4日以降、一切使用しない。
 命名権の契約期間は2020年3月までだったが、登米市発注の迫児童館新築工事を巡る贈収賄事件で
セルコホーム社員が公競売入札妨害容疑で逮捕され、同社が3日、市に解除を申し入れた。
市は法令順守や今後の命名権への影響を考慮し、解除はやむを得ないと判断したとみられる。
 市と同社は17年3月、3年間の命名権契約を締結した。
命名権料は年間555万円で、最終の19年度分は同社が5月末までに全額を支払った。
市は契約解除に伴う返金はしない方針。
 今後は、動物公園の出入り口などに掲げた愛称の看板、公園周辺にある愛称入りの案内板などの撤去を
セルコホーム側に求める。原状回復の費用は、契約に基づき同社が全額負担する。

◎東松島市の復興施設も 「あおみな」は使用継続
 宮城県東松島市は3日、セルコホームと結ぶ同市宮戸の復興再生多目的施設の命名権契約を解除することを決めた。
同社社員が登米市の贈収賄事件で逮捕されたことを受け、同社が3日に解除を申し出た。
 施設の愛称は「セルコホーム あおみな」。市は愛称が市民や観光客に定着しているとして、
今後も「あおみな」を使用する。同社も了承したという。
 同施設は2017年4月に完成。契約は20年度までの4年間で、契約額は年間120万円だった。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190604_13021.html

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元々みんな(私の周囲では)、八木山動物園と呼んでいて
「セルコホームズーパラダイス八木山」 この名称を使う人はいなかった。
同僚の中にはそんな名前があったことさえ知らない人もいた。

秋篠宮さま 東北大を視察

秋篠宮さま 東北大を視察
05月23日 19時43分
秋篠宮さまは、地方事情の視察のため23日、仙台市青葉区にある東北大学のキャンパスを訪問されました。
上皇さまから天皇陛下への皇位継承にともない、今月1日に「皇嗣」となられた秋篠宮さまは23日、
仙台市青葉区にある東北大学を訪問されました。
はじめに、およそ400年にわたって貴重な自然生態系が残されてきた植物園を見学され、
園長からモミ林について説明を受けると、林の植生の特徴について質問されるなど、熱心に耳を傾けられていました。
このあと、秋篠宮さまは、大学のキャンパスで行われた日本植物園協会の大会に出席され、
「大会が杜の都と呼ばれる仙台で開催され、皆様にお会いできましたことをまことにうれしく思います。
大会が植物の多様性の保全などの活発な意見交換の場になることを期待いたします」とあいさつされました。
大会では、栽培技術の向上や植物園での研究に貢献した人たちの表彰も行われ、
秋篠宮さまは暖かい拍手を送られていました。
秋篠宮さまは24日、東北大学災害科学国際研究所の口頭発表や、
仙台市の野草園を視察されたあと、東京に戻られる予定です。
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20190523/0005641.html

皇嗣秋篠宮さま宮城入り 東北大植物園など視察
皇嗣(こうし)秋篠宮さまが23日午後、総裁を務める日本植物園協会の
第54回大会出席のため仙台市入りされた。
秋篠宮さまの東北訪問は皇嗣になって初めて。
大会に先立ち、開催園の東北大植物園(青葉区)を訪問。
牧雅之園長の案内で国の天然記念物に指定されている園内を歩き、モミ林などを見学した。
秋篠宮さまは東北大青葉山新キャンパス(同)で開かれた開会式で
「大会を通じ、協会が目指す植物の管理育成、
植物文化の普及啓発活動がさらに充実することを期待します」と述べた。
24日も引き続き大会に出席する。
2019年05月24日金曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201905/20190524_13005.html

<気仙沼ネコ屋敷>災害住宅初の強制執行 室内のネコ十数匹を保護

<気仙沼ネコ屋敷>災害住宅初の強制執行 室内のネコ十数匹を保護
埼玉県内に住んでいた50代の女性が不法に占拠し、
多数のネコを飼っていた気仙沼市唐桑町の災害公営住宅で21日、
仙台地裁気仙沼支部の執行官が建物を明け渡しさせる強制執行をした。
県住宅課によると、東日本大震災の災害公営住宅での強制執行は初めて。
午前10時すぎに執行官3人と市職員ら計約20人が建物の中に入り、
家具や電化製品など4トントラック1台分を次々に運び出した。
4月、執行官の判断で室内のネコ十数匹を保護。
その後、新たに見つかった1匹も21日、市職員がケースに入れて運んだ。
女性は住宅で1人暮らしをしていた母親が2018年6月に死亡した後も、
住宅を使用する権利がないのに、自分の荷物やペットのネコを残したまま立ち退きに応じなかった。
市は明け渡しなどを求めて18年12月に提訴。
仙台地裁気仙沼支部は19年3月、市の請求通り、明け渡しと支払いを命じる判決を言い渡した。
判決確定前に退去を強制できることも認められたため、悪臭が出る夏の前に強制執行した。
菅原茂市長は21日の定例会見で「付近の住民が不快を感じていたと聞く。
時間はかかったが、強制執行に踏み切った」と話した。
2019年05月22日水曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201905/20190522_1039.html

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4月に保護された猫はどうなったのだろう。
保護された後、処分されることになるのかもしれない。
ねこを飼いたいと思うこともあるが、私も末路はどうなるかわからないので
ここまでの数ではないにせよ、路頭に迷わせてしまうことになるので飼えない。
親族にも迷惑がかかってしまう。

【新聞に喝!】朝日の本音は「天皇制否定」か

【新聞に喝!】朝日の本音は「天皇制否定」か 作家・ジャーナリスト・門田隆将
2019.5.19 09:29
https://www.sankei.com/column/news/190519/clm1905190004-n1.html


 平成から令和にかけての洪水のような皇室報道の中で、
朝日の4月25日付「天声人語」には、思わず唸(うな)らされた。
〈敗戦の年の夏のことを、作家の坂口安吾が苦々しく書いている。
「国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。
嘘(うそ)をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!」。
われら国民は戦争をやめたくて仕方がなかったではないかと(「続堕落論」)
▼日本人のそんな振るまいを安吾は、「歴史的大欺瞞(ぎまん)」と呼んだ〉
 そんな書き出しで始まる天声人語は、安吾の言葉に託す形で、国民が自分たちでは何も言えず、
権威の行動と価値観に身を委ねてきたのは、自らを欺(あざむ)く行為に等しいと説く。
そして天皇が元首でなくなり、象徴となった今もその精神構造を〈引きずって〉いると指摘するのである。
 また天皇(当時)の戦地への訪問を勝手に〈日本の加害の歴史を忘れないようにという試みだったのだろう〉と類推し、
〈「おまかせ民主主義」という言葉がある。投票にも行かず政治家や官僚に従うことを指す。
同じようにすごく大事なことを「象徴の務め」にまかせて、考えるのを怠ってこなかったか。
天皇制という、民主主義とはやや異質な仕組みを介して
▼世襲に由来する権威を何となくありがたがり、ときに、よりどころにする。
そんな姿勢を少しずつ変えていく時期が、来ているのではないか〉と、痛烈に国民を糾弾してのけた。

 なかなかの物言いである。両陛下は確かに戦地を訪ね歩き、深く頭(こうべ)を垂れられた。
国民は、そこで命を落とした人々の無念を思い、追悼のお気持ちをその背中から感じとったものである。
だが、天声人語子の解釈では、それが〈加害の歴史を忘れないように〉するためだったのだそうだ。
 また天皇制という「世襲」に由来する権威をありがたがり、よりどころにするのはもうやめようともいう。
これほど痛烈な天皇制批判を昨今、私は目にしたことがない。
 民の安寧と幸せを祈る務めを果たされた天皇(同)。秩序と伝統を重んじる日本は、
天皇制を二千年の長きにわたって守り、いつの間にか、日本は“世界最古の国”となった。
だが、朝日はもう、ありがたがるな、というのだ。
考えてみれば、元号の典拠を漢籍ではなく、初めて和書に求めたことに対しても、最も異を唱えたのが朝日だった。
 逆に私は朝日に問いたいと思う。それほど日本がお嫌いなら、なぜいつまでも日本にいるのですか、と。

 【プロフィル】門田隆将
 かどた・りゅうしょう 昭和33年、高知県出身。中央大法卒。
作家・ジャーナリスト。最新刊は『オウム死刑囚 魂の遍歴』。


河北新報2019(令和元)年5月4日


河北新報2019(令和元)年5月4日
公務の引き継ぎ女性皇族に期待
上皇ご夫妻が一切の公務から退かれ、皇室のメンバーが限られる中、女性皇族への期待が高まっている。
毎年開催される地方行事への出席のほか、国際親善の舞台や被災地訪問など、
従来の活動を支える役割が今後も増えそうだ。
天皇、皇后両陛下は、上皇ご夫妻のほとんどの公務を引き継ぐ。
両陛下が皇太子時代にしてきた公務の多くは皇嗣秋篠宮ご夫妻へ回るが、
「献血運動推進全国大会」は紀子さま(52)、
「全国農業担い手サミット」は寛仁親王妃信子さま(64)がそれぞれ出席することになった。
秋篠宮ご夫妻が担当してきた分で、担い手に穴が開いた「国体総合閉会式」「全国都市緑化祭」などは、
秋篠宮家の長女眞子さま(27)が臨む。
眞子さまは代替わり前から、友好親善のための外国公式訪問を重ねており、
7月中旬には、日本人移住120周年を迎えるペルーとボリビアの訪問が検討されている。
今春、国際基督教大を卒業した次女佳子さま(24)は大学院進学や就職はせず、公務に専念する考え。
在学中から手話の高校生大会などに出席し、今後は外交関係樹立150周年を迎えるオーストリアと
ハンガリーへの訪問が調整中だ。
眞子さまと佳子さまは、秋篠宮さまに同行して東日本大震災の被災地を訪れてきた。
震災の記憶を語り継ぐ拠点の視察や、親を失った子どもたちと交流した経験があり、
今後も被災地の復興を見守っていく。
高円宮妃久子さま(65)は日本サッカー協会や日本ホッケー協会など20以上の総裁、名誉総裁を務め、
多忙を極める。
両陛下の長女愛子さま(17)は高校3年に進学したばかりで、本格的な公務はまだ先となる。

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譲位前後の新聞、テレビはいろいろと偏りがあった。(もともと河北はおかしいが)
読者のコメントなども、愛子を天皇になどというものを載せていた。

この記事は実態に沿ったものではあるが、
三笠宮家の、彬子女王殿下、瑶子女王殿下には触れられていない。
彬子女王殿下はお米作りのワークショップに参加しているし、
瑶子女王殿下は寛仁親王殿下を引き継いで、仙台ありのまま舎の式典などに参列している。
お二方とも靖国神社の行事にも出席している。
高円宮家の承子女王にも触れられていないが、何かはしている(はず)。
降嫁した絢子さんも名誉総裁職を続けている。

皇嗣妃殿下、信子妃殿下、眞子内親王殿下が引き継いだ公務については書いてある通りで、
久子妃殿下がたくさんの名誉総裁職を引き受けているのもその通りだが
久子妃殿下のものはご自分で増やしてきた仕事だろう。
それを承子さんや絢子さんに分けている。
愛子さんの公務はまだ先というのも、あの状態ではその通りだとは思うが
他の内親王殿下方は高校生の頃にはもう見習い公務が始まっていた。

上記を踏まえるとやはり
女性皇族はこれまで通りの在り方で良いと思うし、当主になる必要もないし、
女性天皇の議論も悠仁親王殿下以降、男子が生まれない場合を想定したものを前提にすべきだろう。







新紙幣

お札の顔「意外と限られる」 女性で難航→ヒゲなしOK
2019年4月10日07時00分
https://www.asahi.com/articles/ASM495H4YM49ULFA023.html

 20年ぶりに一新する「お札の顔」は、政治色が薄く広く知られているといった
数々の条件に当てはまる人物から選ばれた。
ただ、そのお披露目は改元を目前に控えたタイミングと重なり、
お祝いムードに乗じたいという政権の思惑も透けて見える。
 財務省は昨夏には、水面下で本格的な準備に入っていた。
麻生太郎財務相は太田充理財局長(当時)らと、東京都北区の国立印刷局を視察。
「適当なタイミングでデザインを変えないと、
新紙幣をつくる技術の継承もできなくなる」といった説明を受けていた。
 お札の肖像は、明治以降の写真の残っている「文化人」から選ぶ考え方が定着している。
政治色の強い人物や軍人は外される。
 財務省幹部によると、広く知られている人物を選ぶために日本史の教科書などを調べ上げ、
出典数などを確認して絞り込んだ。男女のバランスにも配慮が求められるほか、
昭和以降に活躍した人物も評価にはまだ早く、対象にはしにくいという。
この幹部は「『福沢諭吉はもう使った』とか『大隈重信は政治家だ』というと意外と限られる」と打ち明ける。
 今回の課題は、今の5千円札、…
(以降は有料記事)

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次の北里さん、津田さん、渋沢さんよりも、
今の野口さん、樋口さん、福沢さんのほうが、どちらかといえば好きだ。
お札も次代はちょっと残念…。
でも実のところ、その前の夏目さん、新渡戸さん、福沢さんのほうが更に良かった。
稲造さんが消え、野口さんが消え、お札から東北人がいなくなる(どうでもいいことだが)

同記事内の画像「お札の顔」人選のポイント(財務省などへの取材から)を
転記すると、
大前提の条件として「写真があること」
政治家や軍人を避ける
男女のバランスに配慮する
昭和の偉人はまだ早い
とのこと。

この条件もその時々で変わっていくのだろう。
昔、一万円札は聖徳太子だった。
写真は当然ないはず。
男女のバランス云々も以前はなかった条件だろう。

新紙幣の経済効果がどうとかとも言われているが
いつものことだが、○○の経済効果というものを実感したことがない。
関係のない世界の話だ。

「令」には異なる書き方が どれが正しいの?

「令」には異なる書き方が どれが正しいの?
2019.4.2 18:46
https://www.sankei.com/life/news/190402/lif1904020049-n1.html

 新元号「令和」の「令」の字形が異なる場合があるとして、一部で困惑の声が漏れている。
印刷物や新聞の表記の「令」と、学校や習字などで習う一番上の部首の「ひとやね」の下に点を打ち、
下部分が「マ」のように書く場合などだ。文化庁国語課は「いずれも同じ文字だ」としている。
 新元号が発表された1日昼、各地の「令和さん」の中には、驚きとともに動揺も広がった。
菅義偉官房長官が掲げたのは「令」の方だった。
このため、自分の名前の文字は「マ」の方だとして、「新元号とは異なる」と主張する男性らもいた。
 東京・神田の印章店「松島清光堂」では、新元号に対応した修正印を作ろうとしたところで
字形が複数あることに気づいた。対応を検討した結果、「令」の形で作ることに決めたという。
 常務の小池達昭さんは「複数あるとは予想していなかった」と苦笑い。
「変化の時ならではの出来事。別の形を求める人には丁寧に説明し納得してもらいたい」と話す。
 文化庁によると、小学4年時に授業で教わるのは「マ」の方で、教科書にもそう書いている。習字もこの場合が多い。
 一方、印刷物では「令」の字とするのが一般的で新聞もこれを使う。
官公庁や金融機関などで「マ」の方と書くと、「令」に書き直すように指示されることもあったという。
 菅官房長官が記者会見で掲げた書は、これらを組み合わせた形だった。
 文化審議会の国語文化会漢字小委員会でも、かつてこうした字形の違いを議論したことがあった。
ただ平成28年にまとめた指針では「印刷物と手書きの習慣による違いで、問題にする必要はない」とされた。
 このため、多様な書き方が混在し続けている。文化庁は「意味や由来に違いはない。
漢字の骨組みが同じであれば、どれを使ってもいい」としている。

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昨日、少し書いたことがやはり問題?になっている。

>官公庁や金融機関などで「マ」の方と書くと、「令」に書き直すように指示されることもあったという。
私が書いたのはまさにこれ
どちらでもいいと国が言っているのだから、これからはすべてのところでそれで通ればいいのだが。

改元祝いの日本酒 その名前は

(NHK仙台放送局)
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20190326/0005018.html

改元祝いの日本酒 その名前は
03月26日 19時04分
5月1日の改元を日本酒で祝ってもらおうと、大崎市の酒蔵で、
皇后さまの名前にちなんだ日本酒が完成しました。
これは、大崎市の酒蔵、「一ノ蔵」が5月1日の改元を前に製造した日本酒、「純米吟醸プリンセス・ミチコ」です。
この日本酒は、皇后さまが皇太子妃だった時、
イギリスから贈られた「プリンセス・ミチコ」というオレンジ色のバラの酵母で作られていて、
去年の秋から仕込みが始まり、今月、完成しました。
創業47年目を迎えた「一ノ蔵」で、花の酵母を使った日本酒造りは初めてでしたが、
フルーティーな香りが強く、すっきりと飲みやすい味わいに仕上がったということです。
「一ノ蔵」マーケティング室の阿部順子主任は、「平成最後の『祝い酒』で、名前の通り、
麗しいイメージの日本酒が出来ました。
ぜひこの日本酒で、平成の時代を振り返りながら、新しい時代を祝ってもらいたいです」と話していました。
「純米吟醸プリンセス・ミチコ」は、来月20日の「一ノ蔵」の酒蔵開放の際に、
1000本限定で販売されるということです。

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改元のお祝というのに現皇后陛下のお名前を冠したお酒。(新皇后名などはまっぴらごめんだが)
飲んでみたいが、1000本限定では無理だろう。

どこを向いても猫だらけ! 人間よりも猫が多い"猫島"の癒される光景

どこを向いても猫だらけ! 人間よりも猫が多い"猫島"の癒される光景
2019/01/29 17:55
https://trendnews.yahoo.co.jp/archives/616585/

人口よりも猫の数のほうが多いと言われている"猫島"に、
お笑いコンビ・千鳥がMCを務めるテレビ朝日系バラエティ番組「相席食堂」が訪れた。
どこを向いても猫だらけの光景で、Twitter上で、「かわいすぎる」といった声があがっている。

1月27日放送の同番組で、お笑いコンビ・野性爆弾のロッシーが
宮城県石巻市から船で約40分の離島・田代島を訪れた。
猫の多さで世界的にも有名な田代島には、「猫多い」「猫少ない」と案内する看板など、
通称"猫島"ならではの不思議な光景が広がっていた。

ガードレールの下、たまたま入ったカフェ、藪(やぶ)の中......。
猫はさまざまなところから現れ、なぜかロッシーの後ろをついていった。
ロッシーも終始笑顔を絶やさず、猫じゃらしなどを使って猫との触れ合いを堪能していた。
VTRを見た大悟も「なんなんこの映像!」「ずっとかわいいやん!」と自然と笑顔を見せていた。

ネット上には、「猫がかわいすぎる......」「癒やされたいならこれ見るべき」
「ずっと見ていられる」「ほんわかしたロッシーさんと猫の相性良すぎ」といった声が多数上がっていた。
かわいらしい猫に癒やされた視聴者は多かったようだ。


190129.jpg

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これだけの猫に囲まれてみたいものだ。

残念

西郷どんがたいして面白くなくて残念だった。
どうしても翔ぶが如くと比べてしまうのだが、
比べるまでもなく、江や花燃ゆ、天地人と同様にワーストの方に入る。
直虎もワースト側だが、物語としては西郷どんより面白かったかもしれない、今から思えば。

原作が悪いのか脚本が悪いのかはわからないが
主演の方も、他の方も一生懸命に取り組んでいたことはよくわかる。
でも、西郷さんの良さが描ききれていなくて、薄っぺらい話になってしまっていた。
公式HPを見た限りでは演じている方々は、アドリブを入れたりして
よりよいものを創りあげようとしていたことがうかがえるし、
部分的に切り取って見れば、良いシーンもあった。
小道具も凝っていた。
東京の大久保さんの執務机にあったのと同じような像が、同じ回で
西郷さんが敬天愛人を書いている傍にも置かれていた。
(問い合わせたら阿吽像で対になっているとのこと)
立場としては決裂していても、心は通じ合っている、ということらしい。
せっかく工夫した小道具も生かし切れていない。
あれだけ番宣も、体型の変化も、演技そのものも頑張っていた鈴木さんでも
「誰にでも好かれた西郷さん」という魅力はあまり感じられなかった。
糸さんのセリフのように、下から仰ぎ見られたり拝まれるような存在ではなく、民と共に居る人―
を象徴するかのように、初期の頃に西郷さんが助けたふきどんや半次郎が最後まで出ていたが
やさしい西郷さんは描かれていたが、「敬天愛人」の境地に至るほどの人には見えなかった。
大久保さん役はかなり難しい役柄だったと思うが、いまひとつだった気がする。
大久保さんの慟哭はとってつけたようだった。
あの人は篤姫の尚五郎さん役の方が合っていた。
台本がいまひとつでも表情で演じるタイプの役者もいるが、
糸さんもそうだが西郷さんも、そのタイプではない。
たいして好きでもないのだが、木戸孝允役の人や久光役の人は、何度か大河に出演して
その度にうまくなっているように感じられる。(人によって感じ方は違うとは思うが)

西郷さんがメインではない幕末物で、幕府や会津がメインでも、倒幕側がメインでも
西郷さんが悪く描かれることはほどんどないが、そのテンプレの西郷さんよりも
薄味な西郷さんという印象だった。

最期のシーンがまたがっかり。
別府さん、キャスティングされていたのに大事な役目なし。
城山で撃たれた後、大久保さんが暗殺され、回想、OPが入って
西郷さんが撃たれた体でまだ這っている。なんだこりゃ。
「もう、ここらでよか」はひとりごとだった。

「茶トラは飼いやすい」は本当? 猫の性格は毛柄で決まるか、大学で調査

「茶トラは飼いやすい」は本当? 猫の性格は毛柄で決まるか、大学で調査
11/11(日) 15:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181111-00010001-sippo-life

「茶トラはおっとり」「黒猫は甘えん坊」……。猫は毛柄ごとに性格が違うと言われます。
でも、本当でしょうか? それをまじめに調べた研究があります。
その調査を指導した元東京農業大学教授で、『トラねこのトリセツ』(東京書籍)などの監修がある
動物学者の大石孝雄さんに説明してもらいました。飼い主との相性についても傾向があるそうです。

17項目を5段階評価した結果は
調査は、東京農業大学で首都圏の飼い猫244匹を対象にして飼い主にアンケートして、
2010年にまとめたそうです。「おとなしい」「おっとり」「甘えん坊」「気が強い」など17項目について、
それぞれ5段階で評価してもらったものです。
茶トラ、茶トラ白、キジトラ、キジトラ白、ミケ、サビ、黒、黒白、白の9種類に分けて、平均値を出しました。
数字が大きいほど、その性格の傾向が強いと考えられるそうです。

「穏やかな茶トラ」は初心者向き
トラ柄は毛色によって性格が少し異なるといいます。中でも「茶トラ」はフレンドリーで飼いやすいようです。

「トラの毛柄に共通するのは『甘えん坊』な面です。茶トラはわかりやすい結果で、
『おとなしい(3.6)』『おっとり(3.6)』『温厚(3.3)』が、他の毛柄に比べて高く、
『攻撃的』な面が一番低い。食いしん坊でもあるので、“おなかすいた”と上手に甘えながら
人と共存してきたのかもしれません。穏やかな『茶トラ』は初めて飼う方に向きそうですね」

トラの中でも「キジトラ」は原種とされるリビアヤマネコに似ていて、
野生の本能がもっとも色濃く残っているといわれます。
「キジトラとキジトラ白は、『人なつこい』『好奇心旺盛』『賢い』面が目立ちます。
キジトラの毛柄は、身を隠すのに好都合で自然界で生き延びやすく、ハンターとしても優れています。
その利点がイエネコにも引き継がれたのでしょう。
ただし、茶トラ同様『食いしん坊』なので肥満しやすい面も。
サバトラのデータはありませんが、経験から、キジより消極的な場合が多いようです」

「ミケはお姫様、白猫は賢い」
ミケは遺伝子の仕組みからほぼメスに限られ、オスは3万匹に1匹しか生まれないとされています。
「ミケは人の好き嫌いがはっきりしていてマイペースなタイプが多い気がします。
『甘えん坊』や『賢さ』が目立つ一方で、『気が強い』面も。
わが家でもミケはパンチが得意で、猫からも人からも一目置かれる存在(笑)。
毛柄の遺伝子から見るとミケに近いのがサビ(茶と黒のニケ)で、この毛柄もほぼメスのみ。
サビはミケよりわがままで、『臆病』な傾向があります。
ミケやサビとの付き合いは、お姫様に“仕える”楽しみがあると言えるかもしれませんね」

ハチ割れなど、ブチ模様の猫は、色の割合で性格も違ってくるといいます。
「全体的にキジの結果と似ていて、ある意味、猫らしい猫、と言えるでしょう。
口元にハートがあったり頭にかつらのような模様があったり、
模様の大きさの違いが性格に影響を及ぼします。
白い部分が多いブチ猫は、単色の白猫の性質に似ているかもしれません」

同じ単色でも、白猫と黒猫では性格に違いがあるそうです。
「白猫で目立つのは『賢い』こと。自然界で、目立つ白い色で生き残るためには、
慎重さ=賢さが必要なのかもしれません。同じ単色でも黒猫は『甘えん坊』な子が多いようです。
黒猫はもらい手探しが大変という話も聞きますが、一度飼うと魅力にハマるようです。
幸運のお守りという説もありますよ」

人との相性もそれぞれ
飼い主のライフスタイルによって、合う猫と合わない猫がいるそうです。
「たとえば1人暮らしや共働きなどで一緒にいる時間が少ない場合は、
活発すぎる猫より、おっとりした傾向の猫と暮らすほうが良いのかもしれませんね。
臆病で神経質な傾向の猫は、騒がしい環境よりは静かな家の方が向くでしょう」

猫の性格によって、飼い主に求められる資質もあるそうです。
「甘えん坊な性格の猫とは、しっかりコミュニケーションをとってあげてください。
気分屋の猫の相手をするには、飼い主さんにもある程度の余裕が必要かもしれませんよ」
個々の猫が持つ性格を見きわめて飼い始めることも可能です。
「成猫は性格がわかりやすいので、最近では譲渡会などでおとなの猫を迎える人も増えていますね」

飼い主の傾向と、相性の良さそうな猫の例
・甘えて欲しい ◎トラ猫全般、ミケ、黒、黒白
・猫と遊びたい ◎キジトラ、キジトラ白、黒、黒白など
・野生の本能を楽しみたい ◎キジトラ
・面倒見がいい ◎白
・のんびりおおらか ◎黒
・仕事で忙しくマイペース ◎ミケ
・猫と適度な距離を希望 ◎サビ
・1人暮らしや大人だけ ◎サバトラ、白
・初めて猫を飼う ◎茶トラ、茶トラ白

性格には個体差、環境も影響
なお、猫の性格には個体差があり、生まれ育った環境や、飼い主との関係からも影響を受けるといいます。
また、猫の毛柄と性格の関連性については、色素を形成する遺伝子と感覚機能や行動、
神経機能に関わる遺伝子との関係などが推測されていますが、詳しく解明されているわけではないそうです。
sippo(朝日新聞社)


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確かに茶トラにはよく話かけられるし、友好的で知り合いになる猫も茶トラが多い。
白はつんけんしている奴が多い。

比べるようなものでもないと思うが

好調続く『まんぷく』 『半分、青い。』との決定的な違い
11/2(金) 7:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181102-00000007-pseven-ent

20%を超える高視聴率をキープしているNHKの連続テレビ小説『まんぷく』。
前クールの朝ドラ『半分、青い。』も好調のまま放送を終えたが、
『半分、青い。』とはどこに違いがあるのか? コラムニストのペリー荻野さんが解説する。

『まんぷく』がスタートして1か月。このドラマを見るたびになんだかホッとしている方も多いのではないだろうか?
ホッとする要因の第一は、やはり、主人公のキャラクターである。
早くに父を亡くした三姉妹の三女として育った福子(安藤サクラ)は、
母(松坂慶子)の反対にもめげず、変わり者の発明家・萬平(長谷川博己)と結婚。
戦時の困難をなんとか乗り切り、復興をめざす大阪で新しい生活を始めたばかりである。
大好きな姉(内田有紀)を結核で亡くしたり、萬平が無実の罪で憲兵に引っ張られて暴行されたり、
家が全焼したり、たった1カ月でこんなに大変な展開が続いたわけだが、
どんなに厳しい状況でも、安藤サクラのおたふくフェイスに救われる。
泣いても笑っても、「萬平さんが好き」「萬平さんは人を幸せにできると人」という気持ちを
全身で表現する福子にホッとできるのである。
思えば、この前の朝ドラ『半分、青い。』は、見る人をホッとさせないことで、視聴者を惹きつけたドラマであった。
主人公は、どう考えてもお似合いの幼なじみのプロポーズを断り、漫画家目指したかと思えば、意外な人物と結婚、
母となって落ち着くかと思いきや、離婚して故郷に帰り、さらには起業する。
ヒロイン鈴愛(永野芽郁)をはじめ、登場人物たちは常にぐらぐらと不安定で気になる存在。
再び巡り合った彼ともどうなるのか?とドキドキさせる。さすが北川悦吏子作品だと思ったが、
心の底で「そろそろホッとさせてくれ~」と願ってしまったのも事実。
さらにヒロインの言語感覚もホッとさせる要因だということもよくわかってきた。
福子はホテルのフロント勤務もしていて、話し言葉は比較的ゆっくりの関西弁。
萬平がかつて福子をお茶に誘った際に、彼女のおなかがぐーっと鳴った話をすると、
「思い出したくないけど~」と目じりを下げて照れまくる。
ごった返す市場のラーメン屋台で、麺とスープだけの一杯のラーメンをふたりで分け合うときには、
「萬平さんから、どうぞ」とにっこりする。
声のトーンは高く、おっとりとゆっくりしているのが特徴だ。
鈴愛の声が全体に低めで、離婚を言い出した夫に「死んでくれ」と言うなど、
言葉がぶっきらぼうだったことを思うと、やはり対照的だ。
ヒロインのこのぶっきらぼうさに共感できるか否かで、ドラマに対する好みは分かれたはず。
その意味でも挑戦的朝ドラだったのだ。
『まんぷく』は、インスタントラーメンを発明した安藤百福夫妻がモデルだということは初めからわかっていて、
萬平は失敗を繰り返すものの、着地点が見える安心感はある。
恋愛要素はほぼゼロだし、ハラハラしない、おとなばっかりのドラマともいえる。
しかし、挑戦的でない分、のんびりとラーメンの湯気も楽しめるというものだ。
寒いシーズンには、こういうドラマが有難い。『まんぷく』が高視聴率なのも、うなずける。

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(荻野さんは時々おかしなことも言うが)この件に関しては
概ね、同感である。
でも同じ枠の朝ドラではあるが、比べるようなものでもない。
あっちは話がぶつ切りで、まんぷくは糸を紡いでいくような緻密さがある。
確かに、「着地点が見える安心感」はある。
モデルがあるとは言っても、いろいろ設定を変えているようなので
どう描くのかという楽しみもある。


清正の虎退治 朝鮮側に記録

清正の虎退治 朝鮮側に記録
2018年10月25日
https://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20181025-OYTNT50000.html

豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592~98年)の際、秀吉子飼いの武将・加藤清正が虎狩りをした様子が、
当時の朝鮮人の日記に記述されていたことがわかった。
「清正の虎退治」については朝鮮から虎の肉を届けた清正に秀吉が宛てた感謝状など、
事実を裏付ける史料はわずかしか残されていない。
専門家は「虎狩りの日付や様子、理由をほぼリアルタイムに伝える貴重な史料だ」と評価する。
日記は、朝鮮王朝時代の在野の文化人・呉希文(オヒムン)が、
秀吉軍の侵攻から1601年までの9年間、避難生活のなかでつづった「瑣尾(さび)録」。
1962年に韓国で出版されたもので、名古屋市千種区の元中学教諭栗本伸子さん(85)らが
8年かけて翻訳、自費出版し、虎狩りの記述が見つかった。
1595年3月4日付の日記は、呉希文が郡役所の報告書や知人の「趙希軾」から入手した情報として、
2月24日に「賊」が軍を総動員して虎狩りに出掛け、虎2頭を捕らえた、という内容。
同3月12日付では、この虎狩りについて、「賊将清正」が大事にしていた愛馬を食い殺されて激怒し、
軍勢を出して虎を捕らえた、などと詳しく記していた。
清正は当時、釜山の北東約30キロの西生浦城を守備しており、虎狩りはその付近で行われたとみられる。
朝鮮出兵時の虎狩りを巡っては、秀吉の側近が秀吉の薬用に虎の肉や内臓を塩漬けにして送るよう
武将らに指示した書状や、虎の肉が届くたびに秀吉が武将らに宛てた感謝状が残されている。
清正宛ての感謝状も1通あるが、捕獲手段や時期、場所などは不明だった。
当時の秀吉軍は明・朝鮮連合軍に対し劣勢だった。
清正が持ち帰ったと伝えられる虎のあごの骨を所蔵する名古屋市秀吉清正記念館の朝日美砂子学芸員は
「将兵に厭戦気分が広がり、『太閤秀吉様のため』とは言いづらく、
『愛馬の敵討ち』と偽ったのだろう」と話す。
清正宛ての感謝状は4月12日付で、瑣尾録にある虎狩りの約50日後にあたる。
朝鮮出兵に詳しい九州大学の中野等教授(日本近世史)は
「瑣尾録に記された虎が秀吉に届けられた可能性が高い」とした上で、
「武将たちは各地で虎の被害に遭っていた。秀吉に献上するだけでなく、
駆除目的の虎狩りもあったのではないか」と話している。
 
◇清正の虎退治 後の初代熊本藩主・加藤清正(1562~1611年)が朝鮮出兵の際、
馬や小姓をかみ殺されたことに怒って虎を捜しだし、自ら仕留めたという伝承。
江戸時代後期の「絵本太閤記」で紹介されたほか、
浮世絵や芝居などで盛んに取り上げられ、勇猛果敢な清正像が定着した。

”国内最大級のコメ輸出”出発式 宮城 登米

”国内最大級のコメ輸出”出発式 宮城 登米
2018年10月25日 12時32分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181025/k10011685061000.html

コメの産地と知られる宮城県登米市から、国内最大級となる900トン余りのコメが輸出されることになり、
その第一陣がアジアやアメリカに向けて出発しました。
これは国内のコメの消費が減少するなか販路拡大につなげようと、
JAみやぎ登米が行うもので25日の出発式では、関係者がテープカットを行ったあと、
第一陣として13トンの新米を積んだトラックが出発しました。
輸出されるのはこの秋に登米市で収穫された「ひとめぼれ」合わせて938トンで、
香港やオーストラリアなど5つの国と地域に輸出されます。
単一の農協の輸出としては国内最大級だということです。
輸出されるコメは、農薬と化学肥料を通常の半分以下に抑えたブランド米で、
香港では日本の2倍近い価格で販売されることになります。
JAみやぎ登米の榊原勇組合長は「農家の生産意欲にこたえるために、
価格が高くても海外の人たちに食べてもらえるよう関係機関と取り組んでいきたい」と話していました。

仙台市長「パンダいつでも大歓迎!」貸与実現に期待

仙台市長「パンダいつでも大歓迎!」貸与実現に期待
郡和子仙台市長は23日の定例記者会見で、中国から日本へのジャイアントパンダ貸与に向け、
日中両国政府が基本合意する見通しとなったことに関し「(貸与が)現実味を帯びてきたことは大変うれしい。
いつでも受け入れられるよう態勢を整えたい」と語った。
郡市長は「東日本大震災後、被災地の子どもたちを励まそうとパンダの受け入れ準備を表明した。
復興道半ばの東北にあって子どもたちは待ち望んでいるし、その声が大きいことも事実」と意義を強調した。
 市八木山動物公園(太白区)の飼育環境については「パンダ園舎は具体化していないが、
中国で毎年開かれるパンダの繁殖会議には園長らが出席している」と準備状況を説明。
「日中首脳会談でどんな話になるのか見極め、国と連携しながら進めていきたい」と述べた。
 関係筋によると、安倍晋三首相の25日からの訪中に合わせ、
両国が貸与に関する文書に署名する方向で調整が進んでいる。
受け入れ先は八木山動物公園と、神戸市王子動物園が候補になっている。
2018年10月24日水曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201810/20181024_11005.html

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パンダ話まだ消えていなかった。
パンダ反対。いらない。

元横綱 輪島の輪島大士さんが死去

元横綱 輪島の輪島大士さんが死去
2018年10月9日 11時21分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181009/k10011664251000.html

大相撲の元横綱 輪島の輪島大士さんが8日、亡くなったことがわかりました。70歳でした。
輪島さんは昭和23年に石川県七尾市で生まれ、日大で2年連続で「学生横綱」となり、
昭和45年の初場所で幕下付け出しで初土俵を踏みました。
その後、スピード出世で番付を上げて、昭和48年の夏場所後、25歳で第54代横綱に昇進。
学生相撲出身では初めてでした。
左を差してからの強烈な下手投げは「黄金の左」と呼ばれ、
3年前に亡くなった日本相撲協会の前理事長の横綱 北の湖と白熱した対戦を繰り広げて、
「輪湖時代」と呼ばれ、14回の優勝を果たしました。
そして、昭和56年の春場所を最後に現役を引退し、年寄名跡の1つ、「花籠」を襲名して後進の指導に当たりました。
しかし、日本相撲協会の規定に違反して年寄名跡を借金の担保に使っていたことから、
昭和60年12月に廃業し、その後はプロレスラーやタレントとして活動しました。
関係者によりますと、輪島さんは8日、自宅で亡くなったということです。

相撲ファンは
輪島さんが亡くなったことについて、東京 両国の国技館周辺で聞きました。
64歳の男性は「当時は珍しい金色の締め込みをつけるなど昔からの慣習にとらわれず、
チャレンジを続けていたという印象を持っています。
まわしにこだわる取り口も好きで亡くなってしまったことは残念です」と話していました。
70歳の女性は「国技館で観戦するなど応援していました。
力強い相撲は華やかで当時の相撲人気を支えた1人でしたが、
亡くなってしまったことを受け入れたいと思います」と話していました。
70歳の女性は「現役時代、体がきれいで取組をテレビで見ることを楽しみにしていました。
亡くなったのはショックです」と話していました。

輪島さんの出身地でも悼む声
出身地、石川県七尾市では、輪島さんの死を悼む声が聞かれました。
50代の男性は「私にとってはスーパースターで憧れの存在でした。
子どものころ相撲大会に参加するときには相撲の取り口をまねていました。
また、元気な姿を市民の前に見せてもらえると考えていましたが、
亡くなったと聞いて残念でなりません」と話していました。
80代の男性は「地元の人ですから当然応援していました。
横綱といえば相撲の頂点ですからとても評価しています。亡くなったと知って残念です」と話していました。

横綱 白鵬「もっとアドバイスもらいたかった」
元横綱 輪島の輪島大士さんが亡くなったことについて、
横綱 白鵬は巡業先の静岡県東伊豆町で取材に応じ、
「稽古のあとに聞き、びっくりしました。輪島さんが果たされた14回目の優勝の時に、
同じ金色の締め込みを着け、敬意を払いました。本当に親しく、かわいがってもらいました。
もっと長生きして酒を飲みながらアドバイスしてもらいたかったので、悔いが残ります」と話しました。
そして、「『黄金の左』という絵に描いたような左の下手投げをビデオで研究してきましたが、
実は右からの攻めが強く、左からの投げが決まる。
われわれにとって見どころがたくさんの名勝負をしてきた先輩横綱でした。
歴代の横綱たちと天国で酒を飲みながら、見守ってほしいです」と悼んでいました。
また、白鵬は左からの上手投げ、輪島さんは左からの下手投げが得意で、
このことについて輪島さんと話した際、「輪島さんは『白鵬と自分の投げはふたつともいい投げだ。
でも自分のほうが下手だ。下手投げだから。白鵬は上手投げだから
上手な投げだ』と話していた」というエピソードを紹介しました。

元横綱 石山五郎さん「相撲界では異色」
輪島さんと同い年で、ともに横綱として昭和の大相撲を盛り上げた元横綱 三重ノ海の石山五郎さんは
「2年前に名古屋で偶然会ったのが最後で、そのとき向こうは咽頭がんの影響で声が出なかったが、
とても元気だったので、亡くなったと聞いてびっくりした」と話しました。
現役時代は幕内で43回対戦し、輪島の27勝、三重ノ海の16勝で、
「とにかく腕力が強かったし、左を差してからのすくい投げは強烈だった」とその強さを振り返りました。
そのうえで「相撲界では異色の人だった。ホテルから部屋に通うなど、考えられないことをしていた。
そういうことをやりながら、結果を出していて、うらやましく思うこともあった」と型破りな人柄をしのんでいました。

元大関 増位山太志郎さん「天才だった」
大相撲の元大関、増位山太志郎さんは、輪島さんとの幕内での対戦成績が8勝30敗と大きくリードされました。
増位山さんは「左を差されて同じ形で負けることが多かった。右からの強烈なおっつけや左を差して
『半身』で攻める独自の取り口を磨いて横綱に上り詰めた輪島は天才だったと思う」と振り返りました。
そのうえで、「もう1回会って話しをしたかった。
同じ時代に切さたく磨したライバルがいなくなることはさみしい」と話していました。


元横綱輪島大士さんが死去 70歳、「黄金の左」
[2018年10月9日17時29分]
https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201810090000300.html

大相撲の第54代横綱輪島で、北の湖とともに輪湖時代を築いた
輪島大士氏(本名・輪島博)が死去したことが9日、分かった。70歳だった。
1948年(昭23)1月11日、石川県七尾市生まれ。日大3、4年時は連続学生横綱。
花籠部屋に入門し、70年初場所幕下付け出し(60枚目格)で初土俵。73年名古屋場所で横綱に昇進。
「黄金の左」を武器に優勝14回。ライバル北の湖と輪湖(りんこ)時代を築いた。
81年に引退し、花籠部屋を継承。
しかし、85年に花籠名跡を担保に借金したことで日本相撲協会を離れた。
86年に全日本プロレス入門。88年の引退後は学生援護会アメリカンフットボール部の総監督、
タレントなどでも活躍した。
13年12月に咽頭がんの手術を受けたが、翌14年には高田川部屋へ、
二所ノ関一門の連合稽古を見学に訪れ、筆談に応じるなど元気な姿をみせていた。
第55代横綱で、日本相撲協会の理事長を務めた北の湖敏満氏は15年11月に亡くなっている。

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ご冥福をお祈り申し上げます。

小学生の頃、相撲を見るようになったきっかけは輪島だった。
当時貴ノ花(初代)の方が小学校でも人気があったが
私は輪島だった。ごくたまに北の湖派もいた。高見山も子供に人気があった。
輪島が引退し、その後若嶋津のファンになり、若嶋津も引退し、
若貴時代になって相撲を見ることをやめた。
輪島は引退後にトラブルを起こしていたが、それでもちょくちょくテレビに出ていた。
タレントとしての輪島も嫌いではなかった。





終わった

クソ朝ドラがようやく終わった。
始まる前はやや期待していた。
始まってからは、主人公の傍若無人な性格が苦手だし
いろいろおかしな点が気になってあまり熱心に観なくなった。
ネットニュースで度々話題となり、
前にも書いたが友達にツイッターのとあるハッシュタグを教えてもらい、別の楽しみ方を知った。
脚本家本人のちょっと非常識なツイートも読んだし、
脚本家の思考回路=主人公の思考回路だということも分かった。

とにかく雑なドラマだった。
薄っぺらいポエムがちょくちょく入るかと思うと
皆が「。」「、」で区切った断定調のおかしな口調のセリフ。

危惧した通り、震災も雑に扱っていた(設定は大分直したようだが)
とってつけたかのように震災を入れて、友人を死なせる必然性はなかった。
まだ風化はしていないはずなのに、
首都圏でもあったであろう震災後の流通や交通の混乱はまったく描かれていなかった。
ドラマに詳細なリアリティを求めているわけではないが、いい加減すぎた。

時間や場所、その他状況の矛盾がこれほど多いドラマもない。
そういうことに突っ込むのは面白かった。
嫌なら観なければいいのに、と私もその通りだと思うが
酷いドラマがどう終わるのか見届けたかった。
さほど時間もエネルギーも割いていないので無駄ではない。


ものすごく納得した記事があった
『半分、青い。』が朝ドラの歴史に残る「クソドラマ」になった3大理由
2018.09.29 19:00
https://myjitsu.jp/archives/63362

見出しだけ転載
《ヒロインの鈴愛がヤバい》
《無駄死にするキャラクター》
《ストーリーが二転三転四転五転…》

森永製菓「チョコフレーク」19年に生産終了へ 1967年に販売開始

森永製菓「チョコフレーク」19年に生産終了へ 1967年に販売開始
9/28(金) 17:38配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180928-00000130-spnannex-soci

大手菓子メーカーの森永製菓は28日、プレスリリースを公式サイトで発表。
人気チョコレート菓子「チョコフレーク」の生産、販売を終了すると発表した。
国内の生産拠点の再編に伴い、商品を製造している千葉県野田市の子会社工場を
19年12月に閉鎖するため19年に生産を終える予定。
同工場で製造中の「ポテロング」は栃木県小山工場に移管して製造を続ける予定。
 「チョコフレーク」はチョコとコーンフレークを組み合わせた菓子で1967年に販売を開始。
同社の人気商品となった。
 「チョコフレーク」は森永の他に日清食品グループの日清シスコが製造している。
最終更新:9/28(金) 19:04
スポニチアネックス


森永製菓
チョコフレーク生産終了へ 子会社工場閉鎖で
毎日新聞2018年9月28日 17時39分(最終更新 9月28日 19時08分)
http://mainichi.jp/articles/20180929/k00/00m/020/021000c

森永製菓は28日、チョコレート菓子「チョコフレーク」の生産を、早ければ2019年春にも終了すると発表した。
店頭からなくなりしだい販売を終える。
生産拠点である子会社「森永スナック食品」の千葉県野田市の工場を来年末に閉鎖するのに伴う措置。
チョコフレークは1967年発売のロングセラー。森永製菓の広報担当者によると、
カカオ分の高いチョコレート人気や、スマートフォンの普及に伴って手にチョコがつきやすいことが敬遠され、
ここ数年は販売不振が続いていた。【増田博樹/統合デジタル取材センター】


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チョコフレーク好きだったのに残念だ。





「ダメ大河」に「ダメ朝ドラ」…2大人気脚本家の評価がガタ落ちしていた!

「ダメ大河」に「ダメ朝ドラ」…2大人気脚本家の評価がガタ落ちしていた!
アサ芸プラス / 2018年9月23日 17時58分
https://news.infoseek.co.jp/article/asageiplus_112710?ptadid=

火曜ドラマ「義母と娘のブルース」(TBS系)の最終回が
19.2%(ビデオリサーチ調べ、関東/以下同)の有終の美を飾った。
謎のラストシーンや、みゆきの大学進学はどうなったのかなど疑問が残る部分はあったが、おおむね好評を得た。
この脚本を手掛けたのは森下佳子氏。過去の執筆作品には、
「義母と娘の──」で主演を務めた綾瀬はるかの出世作である「世界の中心で、愛をさけぶ」や
「白夜行」「JIN-仁-」(いずれもTBS系)、NHKの朝ドラ「ごちそうさん」、
NHK大河「おんな城主直虎」といった良作が並ぶ。
対して、こちらの脚本家の惨状はどうしたものだろうか。まずは「西郷どん」を書いている中園ミホ氏だ。
「やまとなでしこ」(フジテレビ系)や「ハケンの品格」(日本テレビ系)、「花子とアン」(NHK)
「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)とヒットを連発。
女性脚本家の旗手としてもてはやされていたのだが…。
「『西郷どん』は初回と2回目にそれぞれ同じ15.4%を記録して以降、15%台は一度もマークしていません。
しかも5月以降は14%にも届いておらず、8月12日の30回目ではついに10.3%と2ケタギリギリに。
この低調ぶりは何を置いても、西郷隆盛(鈴木亮平)のほか、
登場人物を表面的にしか見ていない中園氏の筆力のなさにある。
対して、島津久光(青木祟高)や徳川慶喜(松田翔太)などは、
とにかく悪者にして、まるで勧善懲悪のような筋運びになっている。
つまり彼女は、わかりやすいキャラクターとテンポあるストーリーテリングしかできない脚本家という
烙印が押されてしまったわけです」(芸能ライター)
もう1人、株を下げたのが朝ドラ「半分、青い。」を書いている北川悦吏子氏だ。
彼女もまた、「愛していると言ってくれ」(TBS系)「ロングバケーション」(フジテレビ系)など
心に残る名作を数多く生み出していたが…。
「ヒットドラマというのは、いつの間にか登場人物が視聴者に寄り添い始めたり、
自分たちの人生を代弁していたりする。
しかしこの作品は、キャラクターが、北川氏の頭の中でしか動いていないので、誰にも共感できない。
ましてやヒロインの鈴愛(永野芽郁)でさえ他力本願すぎて、腹が立つほどです」(前出・芸能ライター)
この2人には、しばらく休んでもらった方がよいのではないか。
(魚住新司)

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アサヒ芸能というしょうもない媒体ではあるが、概ね同感。
今期は朝ドラも大河も確かに悪作だった。
でも、ここでは誉めている森下さんのごちそうさんや直虎もそれほどでもなかった。
JINや義母は面白かったが。
直虎は今から振り返れば、今年よりはましだったという程度。
森下さんは原作有りの方が面白い気がする。

今の朝ドラはもう突っ込むためと、突っ込みが面白い人を観察するために見ているだけ
内容については呆れて何もいうこともない。
鈴愛の性格、思考回路=作者の性格、思考回路だと思うとゾッとする。
次のは予告を見た限りでは面白そうだ。

MOZさん栗原市のアンバサダーに

ユーチューブで再生回数が190万回に迫る 「I.N.K.」制作MOZさん栗原市のアンバサダーに
宮城県栗原市は10日、同市を題材にしたユニークな動画「I.N.K.」(田舎)を制作した
男性グループ「パンダライオン」のボーカル兼会社員で同市出身、
在住のMOZ(モズ、本名・佐藤大介)さん(30)に、市の魅力を発信するドリームアンバサダーを委嘱した。
市役所であった委嘱状の贈呈式で千葉健司市長は「田舎に光を当ててもらい大変うれしい。
動画は敬老会でも大人気だ。今後も明るい話題を提供してほしい」と激励。
市は今後、動画を定住促進のPRに使うことなどを検討するという。
動画を撮影したメンバーの59(ゴクウ)さんと式に臨んだMOZさんは
「過疎化が進む地域だが、見方次第で長所となる魅力がいっぱいだ。
役職名の通り、皆さんに夢を届ける大使として頑張りたい」と語った。
動画は、男性グループ「DA PUMP」のヒット曲「U.S.A.」の替え歌として制作。
郡部特有のエピソードを盛り込んだ歌詞や美しい映像が話題となり、
動画投稿サイトのユーチューブで再生回数が190万回に迫る人気となっている。
【youtube】
<おいでよ栗原>DA PUMP / U.S.A. (替え歌) → パンダライオン / I.N.K.カモンベイベー栗原
https://youtu.be/iWu-zG5jhUw
2018年09月12日水曜日
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201809/20180912_13056.html

仙台で37度3分 観測史上最高

仙台で37度3分 観測史上最高
08月01日 18時47分
東北 NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20180801/0002198.html

1日の県内は、仙台市で観測史上最高となる37度3分を観測するなど、県内各地で35度以上の猛暑日となりました。
2日も各地で30度を超える見込みで、気象台は水分をこまめに補給するなど、
熱中症に対し十分な対策をとるよう呼びかけています。

1日の県内は午前中から気温が上がり、午後6時までの最高気温は、
仙台市が37度3分で観測史上最高を記録したほか、
仙台空港でも8月としては観測史上最高となる37度2分を記録しました。
県内の22か所の観測点のうち、丸森町や石巻市、それに蔵王町など9か所で35度以上の猛暑日となりました。
消防によりますと、県内では午後4時半までにあわせて26人が熱中症の疑いで病院に搬送されたということです。
この暑さは2日も続く見込みで、日中の最高気温は仙台市で34度、
大崎市古川と白石市で33度、石巻市で32度などと予想されています。
気象台は2日も熱中症の危険が特に高くなる見込みだとして、
暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、熱中症に対し十分な対策をとるよう呼びかけています。

観測史上最も高い37度3分を観測した仙台市にある動物園では、動物たちの暑さ対策に追われました。
仙台市太白区にある「セルコホームズーパラダイス八木山」では、
仙台市で気温が35度以上の猛暑日となるなど暑い日が続いたことから、動物たちの暑さ対策を進めています。
このうち、ホッキョクグマの展示スペースでは、直射日光が当たらないようにと先週日よけを取り付けました。
また、ミストが吹き出す装置も新たに設置し、1日はホッキョクグマがミストの周辺を歩き回っていましたが、
それでも暑いのか、獣舎の中へ戻りたがっている様子でした。
また、カピバラの展示スペースには、1日から新たにプールが登場しました。
日中の一番暑いときは水温も上がってしまい、プールに入りたがらなかったということですが、
夕方になるとカピバラたちは水の中に入り、気持ちよさそうに水浴びを楽しんでいました。
動物園を訪れた小学4年生の男の子は、「きょうは暑いのに僕はプールに入れなかったので
カピバラはいいなと思いました」と話していました。
八木山動物公園の上西玉樹さんは、「こんなに暑くなると動物もぐったりしますし、
お客さんが熱中症にならないかも心配です。早く涼しくなって欲しいです」と話していました。
動物園では暑さ対策として、3日、ホッキョクグマに果物などが入った氷をプレゼントするということです。

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本当に今日は暑かった!!

“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花

“数十年に一度” リュウゼツランが各地で開花
2018年7月27日 19時16分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011552191000.html

中南米が原産で、数十年に一度しか咲かないとされる多肉植物のリュウゼツランが
各地で咲いていて話題になっています。
このうち、徳島県鳴門市の自営業五島輝記さん(57)の家の畑では、
5メートルほどの枝の先端にリュウゼツランの黄色い花が無数に咲いています。
昭和40年に五島さんの両親が株を植え、53年後の今月18日ごろ、初めて咲いたということです。
五島さんは「待ちに待った気持ちです。ここまでの高さになるとは予想外でした」と話し、
妻のアサ子さん(54)は「夫の両親が記念に植えたものなので株を分けて息子や孫など、
次の世代に残していきたい」と話していました。
一方、名古屋市では、中心部にある国の合同庁舎の植え込みで、リュウゼツランが花を咲かせています。
こちらも高さ5メートルほどに伸びた茎の先に枝分かれして、小さな黄色い花が咲いています。
市内の東山動植物園によりますと、日本での寿命は長くても50年ほどで、
花を咲かせたあとは、ほとんどが枯れてしまうということです。
通りかかった80代の男性は、「珍しい花を見て長生きしてよかったと思う。みんなに自慢できる」と話していました。

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一ヶ月ほど前、県内のニュースでも定義山でリュウゼツランが開花したと言っていた。
今年はたまたまの当たり年なのか、何かの前兆なのか気になる。
でもいろいろ検索してみたら、2012年も昨年2017年も「各地で開花」「50年に一度」「珍しい」と
ニュースになっていた。

オロナミンC回収

大塚製薬、「オロナミンC」800万本自主回収
大塚製薬は20日、栄養ドリンク「オロナミンC」の一部製品のふたが勢いよく開く恐れがあるとして、
約800万本を自主回収すると発表した。飛んだふたが目に当たり腫れたケースもあるといい、
同社が注意を呼び掛けている。(2018/07/20-12:20)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072000610&g=eco

◇大塚製薬HPより一部転載
「オロナミンC ドリンク」「オロナミンC ROYALPOLIS」 一部商品回収のお詫びとお知らせ(自主回収)
「オロナミンCドリンク」
JANコード:4987035089315
ラベルおよび瓶底部に下記3つの記載がある商品
①賞味期限:18.12.12~19.06.17 及び 19.06.24~19.06.26
②製造所固有記号:OFK
③びん製造所記号:T1
http://www.otsuka.co.jp/information/20180720_1.html  

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オロナミンC、今夏は箱買いして飲んでいる。
早速、手持ちのオロナミンCの瓶を調べてみる。
どきどきしながら製造番号を見る。
完全一致。
固有記号も一致。
びん製造所記号も一致。
(これが宝くじならどんなに良かったことか)
oro2.jpg
oro1.jpg
oro3.jpg

25本入りの箱で、現在15本残っている。
今までの10本は特に問題なかった。
該当商品ではあるので、回収してもらうよう手続きすべきところだが、めんどくさい。
クオカードじゃなくて、大丈夫なオロナミンCと交換してくれればいいのに。

奇跡ではなかった!? 13人の救出

奇跡ではなかった!? 13人の救出
2018年7月13日 20時00分
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

タイ北部の洞窟から出られなくなっていた地元サッカーチームの少年12人とコーチの合わせて13人は、
今月10日までに全員が無事救出されました。
世界中のメディアは、この救出作戦の成功を「奇跡の救出劇」として大きく報じました。
しかし、一連の救出活動を追い続けた現場取材から見えてきたのは、“不可能”を“可能”に変えた、
人々の知恵と努力でした。(アジア総局記者 小阪田和也)

■劣勢だった「水との闘い」
◇止まるポンプ
少年たち13人の救出は、まさに水との闘いでした。
現地は雨季の真っただ中。洞窟内はところどころが水没し、水の濁りはひどく、流れも急でした。
序盤の闘いは全くの劣勢。行方不明となった13人を捜すことさえままなりませんでした。
捜索が始まって5日目に現地入りした私が目にしたのは、動いているかどうかさえ分からない頼りない排水ポンプの姿。
誰もが事態の深刻さをすぐに理解できる状態でした。
翌日には、そのポンプも止まってしまいました。電気系統のトラブルでした。
水位はさらに上がり、洞窟の外にまで水があふれる事態に。
私たち報道関係者は洞窟から離れるよう命じられ、軍の関係者ですら洞窟の外へ退去せざるを得なくなりました。
「水との闘い」どころか、闘うことすらできない状況に陥ってしまったのです。

◇「望みはかなり薄い」
「それでも海軍のダイバーがなんとかしてくれるだろう」
現地では、そんな期待が残っていました。
しかし、そうした見方は甘かったということが後でわかりました。
救出活動が完了したあとに、NHKの単独インタビューに応じた海軍特殊部隊の司令官は、
当時は全く先が見えていなかったと率直に語りました。
「経験も、装備も十分でなかった」
ふだん活動している海と洞窟とでは、何もかも違っていたというのです。
暗く、複雑な地形の洞窟を前に手が出ない状態。
水位が下がることを期待していましたが、ポンプも止まりました。
司令官は「表向きには、あきらめないと言っていたが、望みはかなり薄いと感じていた」と振り返っていました。

■局面を変えたイギリス人と日本人
◇きっかけは地元探検家の手紙
「タイ海軍のダイバーでも洞窟での捜索は畑違いだ、困っているだろう」
そのことに気づき、早々と手を打った人がいました。
タイ北部チェンライ県に拠点を置く、イギリス人探検家ヴァノン・アンソワーズさんです。
洞窟専門のダイバーを送る必要性を感じたアンソワーズさんは、
イギリス人のダイバー3人の名前を具体的に挙げたうえで
「時間は残り少ない!彼らは世界でベストな洞窟ダイバー。連絡を!」とタイ政府に手紙を送ったのです。
すぐに、バンコクにあるイギリス大使館を通じて、ダイバーたちに支援要請が届きました。
そして、早速現地入りした3人。豊富な経験を活かし、一気に潜水。
5キロ余り進み、助けを待っていた少年たちを発見したのです。

◇「水の入りを止めろ!」訴えた日本の専門家
少年たちが発見された後も、水との闘いは続きました。
ここで活躍したのが、日本の専門家でした。
タイの王立潅漑局に日本のJICAから出向していた降籏英樹さん。
現地入りしたあと「排水も重要だが、水の入りを止めるべきだ」と主張。
山を登って、洞窟に流れ込む沢を探すようアドバイスしたのです。
王立潅漑局は、そうした沢を2つ発見。土のうとパイプを運び込み、流れを変えることに成功しました。
その後、洞窟内の水位は徐々に下がっていきました。
入り口から奥へ1.5キロの地点の水位は、高すぎて測ることすらできないという状況から、
救出が開始された7月8日には30センチ以下にまで下がっていました。
日本の専門家が、水との闘いの形勢を一気に逆転させたのです。
雨季にもかかわらず、救出開始まで1週間余りにわたって雨の少ない状態が続いたという幸運にも恵まれました。

■洞窟で耐えた13人
◇「生き残れる」と知っていた少年
少年たちとコーチ、救出された側の努力も救出作戦が成功した大きな要因でした。
2週間以上も暗い洞窟の中で過ごした13人。
心配されたのが、体力の面もさることながら、いかに心の平静を保ちパニックを押さえるかという、精神の面でした。
たとえ、体力が残っていたとしても生存が危うくなるからです。
少年たちの中で最年長である16歳のポーンチャイ君。
ポーンチャイ君は、近くにある別の洞窟で遭難した外国人が、1か月以上生き延びたという事例を知っていました。
母親は、1か月ほど前にポーンチャイ君とその話をしたとNHKの取材に答えてくれました。
ポーンチャイ君は、この知識をみんなと共有し、希望を与えたのかもしれません。

◇コーチは「元僧侶」
さらに大きな役割を果たしたのが、25歳のコーチ、エーカポンさんです。
10年ちかく仏門に入った経験があります。祖母の看病のため仏門を離れ、
その後、サッカーチームのコーチになりました。
洞窟の奥で13人から話を聞き取った海軍によりますと、エーカポンさんは、
少年たちが体力を消耗しないよう、むだに動かないようにとか、
洞窟の上からしたたり落ちるきれいな水だけを飲むようになどと指示していたということです。
さらに、僧侶時代の経験を活かし、少年たちにめい想させていたというのです。
行方不明になってから10日目に発見された13人。
生存は「奇跡」ではなく、適切な行動をとったうえで、勝ち取ったものだったのです。

■いざ実行へ
◇「ウォーターマンになれ!」
13人をどのように無事、洞窟の外へ助け出すのか。
少年たちを発見したあとは、救出活動に向けた準備が急がれました。
洞窟の奥1.5キロの地点に活動の拠点を置き、少年たちが待機する場所から洞窟の出口まで、
道しるべとなるガイドロープがひかれました。さらに、25メートルおきに空気ボンベが設置されました。
準備を進めるのにも、空気ボンベが必要ですから、洞窟の外では毎日、空気を充填(じゅうてん)しては、
また洞窟の中へと大量のボンベを運び込むダイバーの姿がみられました。
タイ海軍特殊部隊の司令官は、ダイバーたちに「ウォーターマンになれ」と指示したというのです。
ずっと水の中で生活できるよう変身しろという、ちょっとむちゃな指示のように聞こえますが、
徹底してダイバーたちに洞窟の環境に慣れさせていったということです。

◇「横になって、息をするだけ」
実際の救出活動は、100%の結果だけが求められる厳しいものでした。
全行程5キロのうち、およそ半分の行程で潜水して移動することが必要という状況のなか、
ほとんどの行程でダイバーが少年を抱きかかえるようにして前へ進みました。
そして、ラスト1.5キロ。水位はひざ下にまで下がっていましたが、少年たちは担架に乗せられ、
大勢の兵士がその担架を支え、狭くて複雑な地形の中を慎重に運び出していきました。
海軍特殊部隊の司令官は、この区間について「少年たちは横になって、息をするだけだった」と表現し、
少年やコーチの負担をできるだけ最小限に抑える方法をとったことを明らかにしました。

■勝ち取った成功
「奇跡の救出劇とは簡単に片付けられない」
現地で取材を続けてきて、そう強く感じています。
強じんな精神力を持つ海軍特殊部隊の司令官をしても「望みが薄い」と感じさせた過酷な状況。
それでも、多くの人たちが諦めずに知恵と努力を重ね、
“不可能”を“可能”にして13人全員の無事救出を達成したのです。

街中に歓喜の輪が広がりました。
タイはいま、4年前のクーデター以降、軍主導の暫定政権が続き、
ほとんどの政治活動が禁止されたままになっています。政治をめぐる国民の分断も根強く残っています。
ただ今回、タイの人々が一体となって13人の救出を願い、成功を成し遂げたことは、
今後、タイが1つになって前を進んでいく姿を想像させてくれるものになりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0713_2.html

栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける

<岩手・宮城内陸地震10年>栗駒山活動の警戒怠るな 火山防災エキスパートの土井さん、警鐘鳴らし続ける
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180706_13004.html

岩手、宮城、秋田の3県にまたがり、2008年岩手・宮城内陸地震の震源にも近い栗駒山(1626メートル)で、
火山活動調査を続ける研究者がいる。
国が選んだ5人の「火山防災エキスパート」に名を連ねる岩手大客員教授の火山地質学者土井宣夫さん(66)だ。
地震と火山活動の関連を指摘し、警戒を怠ってはならないと訴える。
一関市側の登山道に5月中旬、岩手県や盛岡地方気象台、地元消防の関係者十数人が入った。
土井さんが指揮を執って年2回、噴気温度や火山ガス濃度を観測する合同調査の一行だ。
「地表の異常は地下の変化を表している」。
そう強調する土井さんは、内陸地震でも揺れの前後に地表の変化を捉えていた。
栗駒山では1990年以降、火山活動が活発化して火口湖「昭和湖」が白濁し、
周辺では樹木の立ち枯れが続いていた。
ところが2007年、湖の水が突然透明になって植生も回復。
地下にあるマグマだまりの圧力が低下し、火山ガスの噴出が減ったことを示していた。
栗駒山の北東約13キロを震源とする内陸地震が発生したのは、その1年後。
土井さんは、マグマだまりからのガスや熱水が地上ではなく活断層に供給されて地震を誘発したと結論付けた。
同様の地表現象は03年の宮城県連続地震でも観測されている。
土井さんは「前兆を捉えて影響を考慮する幅広い視点が、ますます重要になる」と訴える。
火山観測態勢の弱さが指摘される栗駒山で喫緊の課題は、噴火した場合に備えた避難計画の策定だ。
防災を担う後進の育成にも精力を傾ける土井さんは
「集めたデータを生かせる人材は確実に育ってくれている」と語り、データ収集に現場へと足を運び続ける。
2018年07月06日金曜日


<岩手・宮城内陸地震10年>巨大地滑り、眺め 知る 栗原・荒砥沢を研究者ら視察
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180708_73010.html

発生から6月で10年となった岩手・宮城内陸地震の被災地を、研究者や学生らが回る視察会が7日、
最大被災地の栗原市であった。これまで立ち入りが制限されていたポイントを含む7カ所に足を運び、
地震の発生メカニズムや学術的価値に理解を深めた。
日本地滑り学会東北支部、栗駒山麓ジオパーク推進協議会などが主催し、約70人が参加した。
国内最大級の地滑り地帯「荒砥沢崩落地」や地滑りによって地層が地表に押し出された
「擾乱(じょうらん)帯」、従来は関係者しか入れなかった国有林の工事用道路などを見学した。
荒砥沢崩落地は崖の上にある冠頭部のうち、進入が規制されていた南側からも視察。
これまで見ることができなかった角度から岩肌の形状を確認した。
 土石流で7人が犠牲になった宿泊施設「駒の湯温泉」の跡地も訪ねた。
一命をとりとめ、現在は日帰り入浴施設を営む湯守の菅原昭夫さん(63)が
「今も山地災害の報道はつらい。10年でいろんなことがあった。
周囲の支えのおかげで毎日を生きている」と語り、一行は真剣に耳を傾けた。
研究室で山地災害を学ぶ弘前大農学生命科学部4年の朝原康貴さん(22)=弘前市=は
「被災地のスケールの大きさに圧倒された。菅原さんの話には胸を打たれた」と語った。
ガイドを務めた東北学院大教養学部の宮城豊彦教授(自然地理学)は
「百聞は一見にしかずで、現地を見てもらうことが伝承の近道だと改めて思った。
幅広い層の興味を喚起する見せ方や、情報発信に当たる人材の育成を今後も大事にしてほしい」と話した。
2018年07月08日日曜日

不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ

不明少年ら13人全員無事=洞窟で9日ぶり発見―タイ
7/3(火) 0:55配信
【バンコク時事】タイ北部チェンライ郊外の国立公園にある洞窟で行方不明となっていた
サッカーチーム所属の少年ら13人が2日夜、洞窟内を捜索していた救助隊により、
消息を絶ってから9日ぶりに発見された。
13人は会話できる状態で命に別条はない。救助隊は引き続き、洞窟外への救出作業を行う。
チェンライ県のナロンサク知事によると、13人は避難しているとみられていた空洞から
300~400メートル離れた場所で見つかった。
プラユット暫定首相は「すべての国際救助隊の多大な尽力に感謝する」との声明を出した。
タイ海軍特殊部隊によれば、洞窟内の拠点を2日午後5時半(日本時間同7時半)にダイバー2人が出発。
同9時38分(同11時38分)に13人を発見した。今後、応援のダイバーや医師団を派遣。
食料を届けると同時に排水作業を進め、早期救出を目指す。
11~16歳の少年12人と男性コーチ(25)は6月23日午後、洞窟に入り、
大雨に伴う増水で出られなくなったとみられていた。捜索活動は24時間態勢で行われ、
米軍や英国の洞窟救助専門チーム、国際協力機構(JICA)の専門家ら外国の救助隊も参加。
しかし、雨が断続的に降る中、濁水に阻まれて作業は難航を極めていた。 
最終更新:7/3(火) 9:54
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180703-00000003-jij-asia

クマが海を泳いで上陸

TBC東北放送
宮城県気仙沼市の離島 クマが海を泳いで上陸
更新日時:2008/6/23(土)12:43:35
http://www.tbc-sendai.co.jp/01news/fr.html?id=00002113

23日朝、宮城県気仙沼市の大島でクマが泳いで上陸する姿が目撃されました。
大島では、クマの目撃情報が相次いでおり警察で注意を呼び掛けています。
クマが泳いで大島に上陸するのを目撃したのは養殖業を営む小松武さんです。
23日午前8時半頃、沖合150mほどのカキの養殖いかだの近くを、
体長1メートルほどのクマが大島に向って泳いでいるのを発見しました。
小松さんは「航路にカモメがすごい数飛んでいたので変だなと思ってみたら
クマが泳いでいた」と話しています。
小松さんは上陸を阻止しようと船でクマに近づいたものの、クマは岸壁に泳ぎ着き
岩場から上陸したということです。
大島では、昨夜も雑木林に入る2頭のクマが目撃されるなどクマの目撃が相次いでおり、
警察で注意を呼びかけています。

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新しくできた橋を渡ってシカが上陸したことは確認されていて、クマも橋を渡って大島へ行っているかもという
ニュースがちょっと前にあったが、泳いでも渡ることもできるというのであれば防ぎようがない。

内陸地震から10年

<岩手・宮城内陸地震10年>傷痕残る山 生きる人々の歩みは続く
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180614_13021.html

 死者17人、行方不明者6人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から10年となった。
栗駒山麓周辺の被災集落では過疎と高齢化が進む一方、
休止していた温泉宿が再開の準備を始めるなど光も差し込む。
地域再興に向け、山に生きる人々の歩みは続く。
 内陸地震は2008年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生。
マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。
死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。行方不明者は宮城県4人、秋田県2人。
 国内最大級の地滑りが起きた荒砥沢崩落地(宮城県栗原市栗駒)は
10年の歳月を経てもなお、のこぎりで山を切り落としたような荒々しい岩肌をさらす。
栗原市は被災後、大規模崩落地を核とした防災教育や観光振興に力を入れてきた。
土砂崩れなど山地災害が全国で頻発する中、
内陸地震の爪痕は備えの在り方を再考するための貴重な財産でもある。
 市は14日、内陸地震発生時刻に防災行政無線でサイレンを鳴らし、市民に黙とうを呼び掛ける。
市栗原文化会館で追悼式を行い、犠牲者の冥福を祈る。
2018年06月14日木曜日
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