旧ブログより 犬

(2007年)

犬に噛まれた。
ごみ出しして家に戻る途中、近所の犬がトコトコと道路に出てきて、
いきなり左ふくらはぎをガブリ…
私が悲鳴を上げたら、犬が吠え立てた。
その犬の飼い主は家の中から
○○ちゃ~ん 戻ってらっしゃい!とその犬を呼ぶ。
私は乗り込んで抗議しようかと思ったが
とにかく家へ戻り、足を確かめてみる
パンツだったため、あまり歯は食い込まず、ちょっと痕が残っている程度。
痛みもそれほどではなかった。
とりあえず消毒をした。
怒りの気持ちのまま、乗り込むのではなく
ちょっと気持ちを落ち着けて、放し飼いはやめてくださいという
「お願い」をすることにした。
私は、一切犬を挑発するようなことはしていない。
勝手に公道に出て、勝手に追いかけてきて、噛んだ。

あの犬、かわいいと思っていたのに…
もう、許さない。
猫>犬だが、犬も嫌いではない。
でも馬鹿犬は嫌い。馬鹿飼い主も嫌い。
(馬鹿飼い主という字面はまるで馬と鹿の飼い主のようだが)
猫は馬鹿でも比較的許せる。

「犬に噛まれた」で検索してみたら
やはり病院には行ったほうがいいらしい…
でもめんどくさい。
しかも自分の飼い犬以外の犬に噛まれると健康保険が使えないらしい
そんな理不尽な…
なにやら、内出血ぽい痕が残っているが
このまま放置することにする。
なんでも、狂犬病になれば100%死ねるらしいけど
今はほとんど狂犬病はないらしい。

ブログ

ブログを書く目的は人によって違うと思うが
私は書きたいから書いているだけ。

他の人はどうなのだろうか?
積極的に余所のブログを訪問するということはほとんどないが
たまに足跡をたどっていくこともある。
日記風、明らかに広告収入目的のもの、写真中心のものなど様々。
人様にあまり関心はないし、個人のブログの広告をクリックして商品を買うということはない。
(その理由から自分のブログでアフィリエイトをする気にはなれない)
目から鱗とか、とっても役に立つ情報にもめったにいきあたることもない。
だからせっかくきていただいても、
その相手のブログがお気に入りになるということはほとんどない。

そもそもブログは「公開」しているのだから
わたしのような閉鎖的でコミュニケーションを面倒に思う人には向いていないのかもしれない。
コメントもトラックバックも受け付けていないし
私も余所を訪れてもコメントはしない。
ブログ付き合いは現実の世界の人付き合いと同じだと思う。
顔を合わせなくても、ブログ付き合いの上手な人は実際の人付き合いも上手だと思うし
逆もまた同じ場合が多いように思う。
少なくとも、私は実際の人付き合いもブログ上の付き合いも得意ではない。
面倒くさいというかわずらわしいというか…

さまざまな方面に対して、批判めいたことも書いているので
コメントを受け付ければ、反論も書かれるに違いないだろうとは思う。
それも面倒。
逆に同じ意見でもっと熱い人に応対したり、何か書かれるのも面倒。
(以前、他のブログで経験あり)

だから、自分の考えや思っていることをつらつら書くだけ。
何でブログに書く必要があるの?自分だけの紙に書けば?と言われそうだが
なんとなくブログに書きたいので書いている。
ブログ形式だとまとめやすいし、長続きもしやすい。
ある程度、頭の中の整理もできる。
いちおう、どうしても私の記述に意見したい、感想を言いたい、何か言いたい、
もっと詳しく知りたいという人のために、「コメントはこちら」のカテゴリーに
メールフォームを用意している(たまにしか利用はないがそれでよし)

私はこのスタイルで十分。
というか面倒なことはしたくない。

ところで、私は使っていないが、FC2のブログには「何拍手」という機能があるが
余所を訪ねたとき、あまりにも数が少ないと、
特に中身が変でなければクリックしてあげたくなる。
逆に、どうでもいい(と思える)内容なのにやたらと数が多いと けっ!と思うのは
どうしてなのだろう。自分のブログはアクセス数等、気にしないのだから
余所のことも一切気にしなければいいのに。
自分のこういうところは好きではない。

骨董品屋

以前の職場の通勤途中にあった、とある骨董品屋H
骨董品屋と言っても昔からあるような趣のあるものではなく
今風?のおしゃれな感じの古物雑貨屋。
先日、その店の前を通ったときのこと。

遠目で見て、店の前に乞食がいると思った。
近づくと、Hの店員だということがわかった。
しゃがんで木箱のようなものを磨いていた。
木箱は一升枡を少し大きくしたような形。
だらしない服を着て、う○こ座り。
手には木箱。
てっきり乞食かと思った。

だが驚いたのはそのことではない。
その隣に女性店員がいた。
嬉々としながら手紙を読み上げている。
手に持っているのは古めかしい手紙。
足早通り過ぎながら聞こえてきたのは固い内容の手紙だった。
買い取った古い家具の中から出てきたようなことも聞こえた。

古い家具を処分した側がちゃんと確認しなかったのが
悪いのかもしれないが
出てきた手紙を大声でうれしそうに公道で
読み上げる女性店員の行動も、それを許す店もどうかと思う。
いやなものを見た。

旧ブログより バス

(2006年)

夏休みの期間中、バスを乗り継いで出掛けた。
ある県のある町
乗ったバスは○日本急行
そのバスに乗るのは久しぶりだった。
乗る前に切符売り場で乗車券を買おうと思ったら
窓口では往復しか売っておらず、車内で買うように言われた。
車内で、乗務員が乗車券ご入用の方はいますか?と回ってきたので
買おうとしたら、片道は売らないという。
さらに聞くと、片道の人は下車時に払えとの事。
片道だけ乗る人には冷たい扱い。
そもそも値段設定が片道1800円、往復では2200円。 オカシイノデハ?
それはまあ、いいとして
最初の窓口の人も、車内で買えという言い方ではなく
下車時に払うように言ってくれれば、まだ不愉快さも半減したのに。

バスは発車、帰省の混雑と重なり道路は大渋滞。
通常1時間半ぐらいの所要時間だが、2時間半ほどかかってようやく到着。
だが、降りるはずの停留所に停まらない。
廃線になった私鉄の駅前の停留所はスルー。
車内ざわつく。
私以外にも、その停留所で降りたかった人がいたようだ。
バスは、そこから数分程の停留所でようやく停まる。
乗務員に食ってかかるおばさん。。
乗務員は説明するというのでもなく、平然としている。

私は乗車券のやりとりで最初に○○駅前までと言った。
乗務員は「はい○○ですね」と往復の乗車券を私に渡そうとした
そして上記のやりとりに戻るのであるが
その時にそこには停まりませんと一言言ってくれればよかったのに。
たいした距離ではないが、説明不足。
何人もの人が、停まらないことを知らず慌てていたのだから
多少なりともバス会社または乗務員に落ち度はある。
言うのが面倒ならば、
○○駅前には停まりませんのでご注意くださいというアナウンスを流せばいいのに。

仕方がない、というか少し離れた停留所で降りるしかないので、そこで降りた。
食ってかかり、困惑していたおばさんもそこで降りた。
迎えの人が旧停留所に迎えに来ているのでどうしょう…と言っていたが
迎えの人の機転で無事に会えたようでよかった。
私も、全く知らない場所というわけではなかったので
とりあえず、歩いて旧停留所へ向かう。
猛暑の中、少しいらいらしながら歩く。
途中、お寺の看板
「安重根の記念碑がある○○寺」
なんであの国のしかも暗殺者の記念碑がこんなところにあるの!
記念碑ができた背景は知らないが、本題とは違うところで怒りは頂点に達した。

その後、廃線になった旧駅舎前からタクシーに乗って目的地へ
タクシーの運転手は耳が遠いのか目的地を三度ほど聞き返す。
三回目には私は怒鳴っていた(かも)
そんなこんなでやっと目的地についた。

そもそも本当はバスではなくJRで行くはずだった。
だが、迎えに来てくれるはずの人が急用で来られなくなった。
だからJRよりは便のよいバスにしたのだ。
その日は出掛けてはいけない日だったのかもしれない。

旧ブログより 鉢

(2006年)

友達から三年前にもらった植木鉢を今朝、割ってしまった。
友達が引越し祝いにほおずきをくれた。
その植木鉢。
ほおずきはその辺から引っこ抜いてきたという。
植木鉢は友人の会社へ届いた蘭が植えられていたが
植え替えたのでいらない…という友人の勝手な判断で持ってきた。
…というスバラシイ贈り物だった。
ほおずきは実が赤くなることなく枯れ
植木鉢は玄関に置いて、物入れにしていた。
青くて大きくて立派な鉢だった(だって蘭用だもの)
そんな植木鉢をうっかり倒し、割ってしまった。
修復できない壊れ方だったので割れ物として捨てた。
ちょっと残念。

こわいこわいこわい

また来たよ…

別に、怖いことを言われたわけでもないし、ただの営業活動なんだけど…こわい
なんでこんなに熱心なの?
必要になったらこっちから連絡するって言ってるのに…
意思を確認したいのなら、電話寄越せばいいのに。
あの人、一週間以上連続勤務だよ。 休まないの?

日参すれば、いつかは報われるとか思っているの?
こっちは恐怖に慄いて、硬直しているよ…

試しに1、2度なんて言っているけど
こんな熱心な人だと、やめるときも大変そう。

品質がいいことはわかっているし、利点も多くあるけど
日参攻撃のおかげで、前向きな検討が出来なくなってしまった。
営業人=配達人という説明だったから
あの人が毎週来るの?
いや、いい人というか普通の、はきはきして感じの良い人だったけど。
あんなに熱心だと、毎週のように、何か勧められそうで恐ろしい。

でも、自分がなぜ、こんなに怖がり、嫌がっているのかもわからない。
別に強く何か言われたわけでもない。
でも異常なほど、怖い。
その人が、ということではなく、人が来ることが。

今や郵便局の人が郵便受けに入れにくるだけで
耳を澄ませて、固まっている。
アパートの通路を人が通るだけで全身耳。
寒気と緊張感が走る。

もはや向かいのアパートの通路の物音まで聞こえるし…
(※幻覚ではなく、本当に向かいのアパートに宅配等が来ている)
ここまで来ると私の脅え方はビョーキ?

なんでだろ。
この前喧嘩したNHKが怖かったためなのか?
生協のしつこさが単に嫌なのか?
それとも、これは絶対に契約してはいけないという何かのシグナル?
それとも、何年も前の旧住所地での泥棒との応酬の恐怖心がまだ残っている?
前世で借金取りか殺し屋に追われていた?

考えてみると、この前、郵便屋さんがインターホンを使わず
どんどんと乱暴にドアを叩いたときに私の恐怖スイッチが入ってしまった気がする。



負けた…

生協の個配をお願いすることになった
…負けた。なんかもう、めんどくさくて、どうでもいい…
連日の訪問に脅えるのはもういやだし、
多少の割高感はあるが、重いものだけでも頼めば楽になる。
でも、仕事が始まって憂鬱モードに入ってしまったら(入るとは限らないが)
チラシを見る気力さえなくなるんだろうな。

キャンペーン中?なのか、なんだか沢山のものを貰ってしまった。
とりあえず、2、3ヶ月だけでもね。。

ところで、生協の人と話している最中、
くせ者が現れた。
こそこそと階段を上ってきて、私と生協の人がちらっと見たらぎょっとしていた様子。
わざとらしく、端の部屋から一戸ずつ、なにやら確認しているそぶりをみせた。
メモをとるわけでも、チラシをいれるわけでもなく
服装も、仕事着風でもなく、腕章や名札をつけているわけでもない。
普段着のおっさんという感じ。
何? じっと見ていたら、うちの前までは来ないで、すごすごと帰って行った。
隣や向かいのアパートや一戸建ての家に立ち寄ることもなかった。
だから、目的がわからない。
かぎりなくあやしい。
手ぶらなので、新聞店やNHKでもなさそう。
なぜ、あんなにびっくりして、おどおどしていたのか?
裏稼業の人?

生協問題はひとまず解決したし、
NHKも処置済み(来たとしても文言の用意がある)
でも、今度はあのくせ者の問題が…
心配は尽きない。

あんなのが日中うろうろしていたら
不在の時に、生協からの配達品を玄関前におきっぱなしにできないよ。
どうしよう…

二光

二光という通販が以前、あった。
近頃、二光のことを思い出し、調べてみたら今年の1月に通販事業から撤退していた。
二光は西友と提携(その後子会社になったようだ)していて
セゾンカードを作ってから、カタログが送られてくるようになった。

1、2回は買った。
恐竜の骨のような形の、背骨に当て、背中を伸ばして凝りをほぐす物を買ったことは
覚えている。(…たいして効果はなく、リサイクルショップに無理矢理置いてきた)
二光のいやなところは、カタログを勝手に送りつけて、その後電話をかけてくること。
カードの情報を元にしているので、向こうは住所、氏名、生年月日、電話番号、勤務先、
口座番号等、完全なデータを持っている。
電話をかけてくるオバサンはかなりしつこい。

「カタログを送ったんですけど、ちゃんと見ましたか?」
とか
「たまにはご注文を…」

カタログはもういらないです。と答えると
「あら、サービスだから、心配しなくていいですよ~」
心配じゃなくて、い ら な い んですけど…

言葉遣いは丁寧だが、不快感がこみ上げてくる話し方、態度。
電話でのなんとなく威圧的な御用聞きは頻繁にあった。

それでも、ごくたまに、これはいいかも…と思う商品もある。
以前、エアコンのない部屋に住んでいた頃、除湿機能のついた冷風扇を買うことにした。

冷風扇とは別にオプションで、室外に熱気を逃がすホースがついていたが
それは必要なかったので、本体のみをカタログに付いていたはがきで注文した。

2、3日後電話がかかってきた。
ホースも買うようにという勧め(命令)
必要ないと言っているのだが、電話の向こうのオバサンは
いや、必要です。と執拗。
もともと、冷房は嫌い。でもじめじめするのはいやなので除湿をするのが目的。
室外に熱気を逃がさなければならないほどの暑さではない(当時)
そんなに冷たい風でなくてもいい。
第一、ホースで外に熱気を出すのなら、窓を開けっぱなしで使うということで、それはいやだ。
と、いらない理由を告げても、
「い~や!必要ですっ!!!!!」と押し付ける。

それならば、なぜわざわざオプションにしているのか、
客によって、必要か、いらないか、違うから選べるようになっているのでは?と
もうすでに興奮気味のオバサンに聞いてみたら
「あったほうが絶対いいです!!」と譲らない。
しまいにはヒステリックに叫んでいる。

(もしかしてこのオバサンはすごく暑い地域に住んでいるのか…絶対必要って?)

私は、淡々と
「そこまで押し付けられるのなら、もう、よそで買うので、本体もいらないです。」
と言った。
オバサンは、何かごちゃごちゃ言っていたが電話を切り、
改めて、即、こちらから電話をして、別の人に注文のキャンセルをしたいと言った。
向こうではまだ発送の処理前だったようで、あっさりとキャンセルできた。

その後、二光のカタログは送られてきても見なくなった。
いつのまにか、カタログも来なくなり、電話もこなくなった。

冷風扇は大手電気店で似たようなのを買った。
熱気を逃がすホースなどなくても、(私にとっては)十分だった。
エアコンが部屋に付いた後、その冷風扇はフリーペーパーを介して売った。

なんとなく最近の別の押し売り的体験から二光を思い出し、調べたら
通販事業はやめたとのこと。
収益が低迷していたということだったが、あのような売り方では客は逃げてしまうと思った。



電話がついた日

私は高校卒業後、学生の頃から親元を離れて暮らしている。

学生の頃は学生アパートに住んでいて
そこにはピンクの公衆電話が備え付けられていた。
だから自室に電話はなく、用事かある時はそこから掛けたり
向こうから掛けてもらうこともできた。
携帯電話というものはまだこの世になく
(ひょっとして自動車電話はあったかもしれないが)
不自由と感じたことはなかった。

就職して、アパートに住むことになったが
すぐに電話は取り付けなかった。
当時、電話の加入権は8万円(定かではない)ほどした。
レンタルでは割高になると思い
働いて自分でお給料を貰ってからつけることにしていた。

だがある日…(社会人になって一年後5月の末だったと記憶している)
自宅に帰ったら、電話がついていた。
父からの突然のプレゼントだった。

うれしい驚きだった。
電話が鳴る… どきどきしながらとる。

父だった。
父は「えっ!!もう電話ついたの!」とびっくりしていた。
まだ何日かかかると思っていたとのこと。
それなのになぜか電話をかけてみる父…
父は、かなり生真面目で厳しい人だが
かわいい?人(失礼だが)でもある。

私はお礼を言った。
電話機は淡い色でかわいい。
私が知らない間に大家さんが部屋の鍵をあけ、
工事の人が部屋に入ったのは
ちょっとアレだが。
(散らかしていなくて良かった)

父が電話をつけてくれたのは
アパートに変な人が出没したことや
私が具合が悪くなったちょっとした事件や
私が一向に電話を取り付ける様子がないことを
心配してつけてくれたのだった。

今もそうだが、私は毎週、決まった曜日の同じ時間に
実家に電話をかけなければならない。
父が決めた掟。
学生アパートを出た後は、いちいち近くの公衆電話まで行っていた。
電話が自室について便利になった。

今は携帯も普及し、さらに便利になった。
電話の加入権はほとんど無き物になった。

電話機はあの頃のものではなく
ナンバーディスプレーや留守電の機能がついたものに替えてしまったが
父が選んでくれた電話機はまだ残してある。処分できない。
あの日のうれしさは忘れられない。
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