旧ブログより 音信不通の友


先日、しばらく音信不通だった友人から携帯にTEL。
あいにく夜間で電源を切っていたため、メッセージが入っていた。
この友人は、本当に連絡不精の人で
パソコンも携帯も持っていなくて、手紙も書かない。
年賀状も書かないことが多く、たまに来る年があっても1月10日過ぎ。
以前、FAXでやりとりをしていた頃はそれでもわりと頻繁に連絡を取り合っていた。
私は現在はFAX電話機を使っていない。そのせいで音信不通になってしまったらしい。

電話は窮地に立たされていて、相談に乗って欲しいというときだけ。
忙しいというわけではない。
実家にご両親と住んでいて、仕事はしていない。
私に対してばかりではなく、皆に対して連絡不精だという…

メッセージでは今度手紙を書くと言っていた。
声の感じからして困りごとかな?という気もしたが
折り返しの電話はしなかった。
するべきだったのかもしれないが面倒だった。

こんなことを言ってはなんだが
今までもわりと迷惑をかけられている。
手助けできることは今までやってきたが、
その後、どうなったいう報告とか
礼とか…別に礼はいらないけれど、一言何か、あってもよいのでは…と思ったり…
そういうのは無くて、困ったときだけすがってくるという感じ。
そういう人だと割り切ることはできるけれど
今回は、なぜか私に精神的な余裕がなくて
わざわざ折り返して電話をするということはしなかった。

でも、書くと言った手紙も来ないので、なんだか気になる。
だから暑中見舞いがてら、葉書を送った。
今までの経験から暑中見舞いの返事は来年になると予想。

耳栓と暮しの手帖

この前ちらっと「暮しの手帖」を立ち読みした。
ぱらぱらと見ただけなので詳しくは覚えていないが
どなたかの随筆で 
「外出する時に耳栓が必要」
「人の話し声がうるさい」
という趣旨の文章が目にとまった。
確かに、私もうるさいと感じることが多い。
以前から長距離の乗り物移動のときは私も耳栓を携帯していたが
最近は図書館やちょっとその辺で買物をするとき、
ひとりで外でお茶を飲む時に折悪しく、女子高生軍団と近いテーブルになってしまった時、
某ドラッグストア内(店の方針なのか店員が大声でのべつまくなしに話す)、
以前の職場で上司がいない時のパートのおばさん方のおしゃべり、
今の学校での一部、学習障害と思われる人の甲高い声 等々
耳栓が必要と思う場面が多くなってきている。
私も筆者と同じく、人のおしゃべりの声と音楽を騒音と感じることがある。
全く知らない人が騒いでいる街中では耳栓をしていてもいいが
職場や学校ではそういうわけにはいかない。
頭痛と重なったりするともう大変。
(案外、衝動的な暴力犯罪はこういう状況の中で発生するのかもしれない。)
(私は犯罪者にはなりたくないし、暴れたいとも思わないがいらいらするのは確か)
所構わず大声でおしゃべりをする人が多くなったような気がする。


ところで、暮しの手帖は買わなかったが、久しぶりに見た。
以前は継続して買っていたこともあった。
ずっとずっと前、私が小学生の頃
母が暮しの手帖の昭和20年代~40年代のバックナンバーを持っていて
それをこっそり読んでいた。
昔の暮しの手帖は面白かった。
台所の改造の特集や商品テスト、
田辺さん家の引き出しの中とか
ビジネスガール(死語)のお小遣いとか
大きな記事はよく覚えているが、随筆や小さな記事も隅々まで読んだ。
リアルタイムで販売されていたものはなく(当時家では家の光購読中だった)
母が結婚前にケース入りのバックナンバーを揃えていたものを勝手に読んでいた。
一気に読むのがもったいなくて少しずつ丁寧に読んでいた。
繰り返し繰り返し読んでいた。
子供でも十分に面白かった。

最近と言っても、数年前に1、2年ほど続けて買って読んでいたが
どうも昔ほど面白くない。
内容も興味をひかない。
それに昔よりさらに左巻きになっている。気味悪いほど。

実家を立て替える際に、あのバックナンバーは処分してしまったらしい。
面白かったのでもう一度読みたいと思うことがある。

「エプロンメモ」や「すてきなあなたに」もおもしろかった。
(どちらも単行本としてもでている)
ただ、すてきなあなたに にはよく突っ込みをいれていた。
今はどうなのか知らないが当時あれを書いていたオバサンは結構金遣いが荒いと思う。
「この色も悪くありません」とかいいながら同じ商品の色違いをいくつも買う…
という文章をよく書いていた。

雑誌としては今も良質の部類に入ると思うが
なかなか継続して買おうという気にはなれない。
昔のものより「暮らし」に密着していない。
私の感覚が変わったのかもしれないけど。






レックリングハウゼン病

レックリングハウゼン病…
このキーワードで私のブログに辿りつく方がいるようなのでこのことについて少し書いてみる。
せっかく辿りついても病気に関して有意義なことは今まで何も書いてこなかった。

私はレックリングハウゼン病(神経線維腫症I型)である。
過去の私の記事より引用

************
私にはぶち模様がある。
私は神経線維腫症Ⅰ型(レックリングハウゼン病)という遺伝病で
茶色の痣(あざ)が身体にある。
長袖で、ハイネックの服を着れば、外からわかることはないが
かなりたくさんのあざがある。
年齢が進むにつれて線維腫もあちこちにでてきている。
いやでいやで、自分を忌み嫌っていたが
最近では、もう、何も感じなくなくなった。
乗り越えたというのではなく、どうでもいいという感じ
ここで遺伝は止めたいので、子供を持つ気はない
結婚も望んではいない
また、親に申し訳ないので、
全く気にしていないように振舞わなければならない。
早く骨になってあざから解放されたいが
自ら死ぬわけにも行かないので、それまでは
この身体に魂を乗せていくしかない。
************

レックリングハウゼン病というのは遺伝病
3000人に1人位の割合らしい。
カフェオレ斑が生まれた時からあり、思春期頃に神経線維腫がぽつぽつと出てくる。

私は幼い頃はそれほど気にしていなかった。
父にも祖母にも、いとこにもあざがあったから、特別なことではないと思っていた。
また、長袖の服を着ていれば首以外はそれほど目立たなかった。
小学生の頃、大学病院で診てもらったが、上半身裸のまま大勢の研修生にじろじろと見られ、
いやな記憶として残っている。
大学病院で診てもらっても結局はレーザーで消す以外の方法はなく、
あまりにたくさんの斑があるので無理ということで、カバーマークの化粧品を紹介されただけだった。
カバーマークは、無料でもらえたのだが、
やり方を教わった母が面倒がって、それで隠すということはなかった。
小学生の頃はあまり隠す必要もなかった。
中学生、高校生位になってプールや修学旅行のお風呂がいやになった。

恋愛も、いつもどこかでブレーキがかかっていたが
そもそも人付き合いが得意ではないのであざとは関係ないかもしれない。

紹介でお見合いのようなことをしたことがあるが
その席で、相手の男性が、この前お見合いをした女性が
腕や首にあざがいっぱいあって気持ち悪くて断ったとぺらぺらとしゃべり始めた時は
よかった、こいつを断る理由ができた!、こういう奴だと今分かったことはラッキー!
という喜びもあったが(乗り気ではなかったので)
やっぱりあざがあるというのは気持ちが悪いと思われるんだ…と悲しい思いもあった。
好きな人がいても、あざがあることを自分への言い訳にして、
やっぱり気軽な友達止まりでいいやといつも割り切ってしまう。

私がこの病気を持って生まれてきたことには何か意味があるのかもしれないが
まだどういうことなのか、どうすればいいのかは分からない。
何かこれを材料にして活動したり、同じ病気の方と集ったりする気もない。
もうプールや海水浴に行くことはないし温泉もほとんど行く事はないのでどうということはない。
最近は健康診断等でもよほど酷い医師や看護師でない限り、
アレ?という顔をされることもない。

人の首や腕をじろじろ見て仲間内で何か言っていたり、爛々とした目でいろいろ聞いてきたり
たまにいろんな人に出会うこともあるが…
…あざは相手の人間性をみるリトマス紙になったりもする。
自分自身もやはり基本的には美しく見栄えのよいもの(人・物かかわらず)を好む傾向があるので、
他人のことをとやかく言うことはできないけど。

意外とあざに対してのあからさまな暴言よりも
親しい友人や家族の何気ない一言や無知ゆえの一言の方がカチンとくるし
いつまでも覚えているものである。

結婚はわからないが子供は持たない。(もう無理に産まなくてもいいよと言われる年齢)
以前も書いたが、乗り越えてはいないがもうどうでもいいというのが正直な気持ち。
たぶん、あざがなくても私の性格や生き方は今とそう変わらない気がする。

でも、もしまた人間に生まれ変わることがあったなら(いやだが)
次はあざのない身体で生まれたい。
どうしてもぶち模様で生まれなければならないのなら
神様、どうか猫にしてください。

結局、レックリングハウゼン病で検索して辿りつく方にとって
役に立つようなことは書いていないと思う。
治しようもないし、本当にどうしようもない。悩んでも解決の道は(少なくとも私には)ない。
ただ、10代後半、20代の頃は辛さも大きいと思うけれど、年を重ねると少しは楽になるよ…
…それにいつかは骨になる。骨になればみな同じ…
と今同じ病気で悩んでいる方がもしいるのなら言ってあげたい。

続きを読む

ああ

やだ。
あのノリ、雰囲気についていけない。
考えてみると、あの学習障害気味のあの女、アレがひっかきまわしているのだ。
耳栓したい。視界に入れたくない。
学校は仕方がないが、ああいうのと万が一同じ職場になったらいやだな。
あろうことか、メールアドレスを知られてしまったではないか。
あれほど用心していたのに。
着信拒否しようっと。

だめだ気持ち悪くて。
だれかにぶちまけたいけど、たぶん私の方がおかしいと思われるだろう。
壁を作っている(というか、あそこで心を開く必要ある?)のは私の方なのだから。

日記(8/26)

久しぶりに、本当に久しぶりにマッサージ
本当は仕事が始まりお給料を貰ってから、自分の働いたお金で、と思っていたが
背中や肩や腰があまりにも辛くて、行く事にした。
いつものマッサージ屋さんだけど、いつもとは違う人がもんでくれた。
四十肩になりかかっていると言われ、ちょっとショック。
昨日から、ささいなことだけど、ため息をつくようなショックな診断が続いている。
ああ…
ストレッチを教わったのでこれから毎日するつもり。
足が攣らなくなるストレッチも教わった。
ストレッチメニューがどんどん増えていく…

ところでいろいろとおしゃべりをする人だったけど
オリンピックは中国で開催という理由だけで見る気が失せた と言っていた。
話が合いそうな予感はしたが、ああ、そうなんですかーと軽く受け流した。
いろんなお客さんが訪れる場で、そこまで言い切るのはどうなんだろう。
ま、中国人は中国人がやっているマッサージ店(何軒かある)に
行く可能性が高いから大丈夫かもしれないけど。

岩手・宮城内陸地震 まとめ

余震が断続的にあり、なんだか吐き気がする
酔っているような感じ
2008/6/14


荒砥沢ダムは平成10年に完成した、比較的新しいダム。
出来た翌年に両親とドライブがてら見に行った。
そしてダムを見下ろせるところで、おやつを食べた。
あのダムの上の山がぐちゃぐちゃに崩れた。地形が全く変わった。
あの道路があった辺りも今は原型をとどめていない。

荒砥沢ダム

荒砥沢ダム

生まれ育ったところや現在住んでいるところは
割合離れている。実家とも連絡がとれ、無事だった。
難を逃れた。

でも宮城側も岩手側も何度か行ったところ、聞いたことのある地名ばかり
なんともいえない気持ち…
とくに荒砥沢のぐしゃぐしゃの山は衝撃。
あの山が裂けた…
少し離れたところにいても、これほどのショック、
現地の方々の恐怖と衝撃と心に受けた傷と、損失はいかばかりか…
2008/6/15

岩手・宮城内陸地震で被害を受けた宮城県栗原市立築館中のグラウンドに、
救援活動への感謝の気持ちを込めた「ありがとう」の文字が描かれている。
生徒たちが19日の放課後、石灰を使って描いた。
部活動で線が消えるので毎日上書きしている。
戸田恵雄教頭は「生徒が自発的に始めた」と話す。
自衛隊からは「励ましてくれてありがとう」という連絡が学校に来ているという。
同市花山地区の避難所・石楠花センターでは23日午前、
捜索担当の自衛隊員約60人が現地を離れた。避難住民約20人が手を振って見送り、
伊藤イクヨさん(58)は「心からありがとうと言いたい」と頭を下げた。
(2008年6月23日15時06分 読売新聞)
築館中学校


涙がでてくるようなニュースだった。
自衛隊の方々、そして築館中学校の皆さんも、
心温まるニュース、ほんとうにありがとう。
2008/6/24


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