御真影に並ぶお写真


父方本家には明治天皇から現在の両陛下の御真影(写真または肖像画)が、
本家ご先祖様の写真より一段上に飾られている。
お正月に訪問したら、もう一枚写真が増えていた。
それは去年の地震の後、お見舞いに来てくださった時の秋篠宮両殿下のお写真。
もちろん、御真影とは違う。
一般人も写っていて両殿下をお迎えしている写真。
それでも、御真影と同列に大切に飾られていた。
聞いてみると、近所でも同じように大きくして飾っている家もあるとか。
去年の両殿下のお見舞いには喜ぶ人が多かった。
有り難い、有り難いという気持ちで、歴代の御真影とともに両殿下のお写真を飾っているのだということだった。

私の田舎の人は今でも「長男」を一番大切にすることが多い。
だから、徳仁さんを「長男だから」という理由だけで
「ご立派だ、ご立派だ」と根拠もなく持ち上げる人が多かった。
それに比べて「次男は気楽で、しかもひげなんかたてて・・」と批判する人も
確かにいたが、あの地震後のお見舞いであきらかに評価が逆転した感がある。
お嫁さんの評価は以前も今も、秋篠宮妃殿下のほうが上。
(もう一方の、実家べったり、婚家になじまない、外国好きは 
農村部や旧い家ではとうてい受け入れられない所業)

七草

1月7日なので七草を食べた。
本来ならば朝、食べるものらしいが、朝は時間がないので夜食べた。
去年はレトルトで済ませたが、今年は七草はセットになったものを買い、お粥は自分で炊いた。

去年、七草をきざむときの歌として
「冥土のなんとか」だったような気がするが覚えていないと書いたが
先日のテレビで「唐土(とうど)の鳥」だったと知った。
テレビで紹介されていた歌は
「七草なずな唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にせりこらたたき」 だった(と思う)が
子供の頃記憶を辿ってみると家では
「七草なずな唐土の鳥が渡らぬ先にどんどこどんどこ…」
大体こんな感じ↑だった
不正確かもしれないが擬音だった。
どんどこどんどこのところできざむ音をあわせていたと思う。

この歌はどれくらい前のものかはわからないが
唐土の鳥は疫神を表わすらしい。
唐土は特定の国ではなく外部ということらしい。

現代の感覚で、そのまま字面を読めば
唐土の鳥(中国の鳥)→鳥インフルエンザを連想してしまう。
また唐土(中国)から疫(災い)がやって来るとも。

無病息災を願って七草粥を食べるということだが
今日は、朝から体調がいまひとつ。
夕飯もお粥を茶碗にかさっと盛って食べただけなのに胃が痛い。

車で人格豹変

車を運転すると人格が変わるという人は結構いるようだが
私は、どうやら助手席でも人格が変わるらしい。
変わるというより地の性格が出るということだと思う。

友人とちょっと出かけた。
助手席に乗せてもらった。
細いわき道から、中学生か高校生位の男の子数人が
自転車でものすごい勢いで飛び出してきた。
私は思わず
「あ゛ぶねえ!!気をつけろ!」と怒鳴っていた。
運転していた友人はしばらく運転ができないほど笑いころげていた。
普段の私からは想像できないような言葉遣いがツボに入ったとのこと。

私としては、普段取り繕っているつもりもないし
地を出したり、ひっこめたりを意識的にすることはない。
でも、地の言葉遣いにはもう少し気をつけようと思う。

平成21年歌会始

ニュースの見出しは相変わらず雅子さん。
雅子さんの歌はいつも通りの自分の娘のこと。
その雅子さんは欠席。
皇室入りして15年、歌会始は出席7回欠席8回
とうとう欠席の方が多くなった。
雅子さんがいないのも歌が娘のことなのももう当たり前のようにまかり通っている。


秋篠宮妃殿下のお歌
地震(なゐ)うけし地域の人らの支へあひ生きる姿に励まされたり

被災地の方々は両殿下に来ていただいたということで、励まされ、喜んでいた。
(2009/1/4、2008/7/21の記事に書いた)
その上、この温かいまなざしが感じられるお歌を、また皆で喜んでいる。

昨年天皇陛下も
岩手・宮城内陸地震
災害に行方不明者の増しゆくを心痛みつつ北秋田に聞く
という歌をお詠みになり
皇后陛下もお誕生日の文書で
地震の被害を案じるお言葉を述べられていた。
(どちらも宮内庁ホームページでみることができる)

皇族方の慰問やお言葉は本当に力になる。
(言葉だけとか、移動するお金、警備のことで文句を言う人もいるが)

お正月に実家で読んできた広報誌には
「両陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻からお見舞いや被災者へのご配慮をいただきました」
と書いてあった。

今日の歌会始は「体調に配慮」して欠席だという。
自分には配慮できるんだねえ。

※歌会始の歌会始の御製(ぎょせい)・御歌(みうた)・詠進歌 は
 宮内庁ホームページにあります。



寒い寒い

毎日寒い。
でも、今は寒中。
暦どおりのほうが、異常気象と言われるような気候よりは安心な気もする。

この冬もまた母から山忠商品をもらった。
今年はベスト
肩と腰が二重になっていて、それでいて軽くて暖かい。
母と姉と私、色違いのおそろい。
ベストを買うとおまけに手首ウォーマーがもらえるらしくて
それも母からもらった。
母は、山忠がすっかりお気に入りらしい。
でも、ベストのことを「つぬぎ」と言っている。
暮れに帰省したとき、「つぬぎ買ったんだけど着る?」と聞かれ
「え~つぬぎ?」(イメージ おばあちゃんのチョッキ)と言ったけど
見たら、襟付きのベストだった。
ところで、つぬぎというのは年配の人の言葉でも、方言でもないようだ。
誰にも通じない。調べてもでてこない。もちろん辞書にも見当たらない。
母独自の言葉なのかも。
で、さっそく着てみたら驚くほど軽いのにあったかい。
外で着るようなデザインではないので、実家用に置いておこうかと思ったが
あまりの暖かさに持って帰ってきた。
部屋着として重宝している。

山忠って母を通して知った会社だが、
同僚にもファンがいた。
そして、今朝、紙ゴミ回収場所に山忠のダンボールがあった。
結構有名な会社なのだろうか?

今日も寒かった。
背中にカイロを貼って出かけた。
帰宅してからは山忠の「つぬぎ」
おでんで晩酌
寒がりだし冷え性だけど、酒は絶対にひやがいい。

煮豆に挑戦

今年、実家のおせちの煮豆は買った煮豆だった。
昨年、ささぎも黒豆も(畑で)作らなかった(豆ぶちが面倒)ということで
どうせ豆(煮る前の)を買うのなら、煮てある豆を買ったほうがいいと母が決めたらしい。
ちゃんと味も確かめて、家の煮豆に近いものを買ったというのだが---
---私は、がっかりだった。
母の煮豆を楽しみにしていたのに。
買った煮豆もまずくはないが、なんとなく甘味料?水飴?の甘味が口に残る。
家で作った煮豆はいくら食べても飽きないのに
買ったものは5、6粒食べればもういい、と感じる。

あきらめきれず、母に煮豆のレシピを教えてもらうことにした。
家のお正月料理はほとんど父方のもの(地域伝来のもの)を踏襲しているが
煮豆のレシピは母の母や母の姉からのものだという。

おせち料理の本は持っているが、そこに書いてある煮豆のレシピは
おそろしく面倒で、作る気になれない。
でも母のレシピのものはとても簡単。

* * * * *
黒豆700g
三温糖500g
重曹小さじ1
塩小さじ1
さびたくぎ10本(ガーゼの袋にいれる)
水12カップ
しょうゆ小さじ1

黒豆をよく洗い、上の材料を全部鍋にいれ、一晩置く。
中火にかけ、沸騰してきたらアクをとり、
お湯を1カップ加える。
豆が空気に触れないようにさらしの内蓋か、クッキングペーパーを被せる。
あとは弱火で7、8時間気長に煮る。
水がなくならないように気をつける。
味を見て足りなければ仕上げに砂糖を足す。
* * * * *

これだけ。
もう、1月も半ば過ぎ。
今更だが、今日作ってみた。
豆は県内産のよさそうなものを使用。
分量はレシピの半量。
くぎは色を良くするために入れるらしいが、ないので省略。
昨夜下準備をして、今日は火にかけておくだけ。
一日中家にいるときでないとできない。

さきほど完成
内蓋からはみでた一部分の豆に多少しわが入ってしまった。
それにくぎを入れなかったので、色も真っ黒つやつやにはならなかった。
でも、味は、母の煮豆をほぼ再現できたと思うので満足。
甘味ははじめに入れただけで私は十分だった。

台所に懐かしい煮豆の香りが漂い、なんだかお正月気分が
戻ってきてしまった。

でも、煮豆っておかずにはならない。
お弁当のお惣菜として売られているのもあるけど、お弁当に入れる気はしない。
お茶うけか、食事の終わりごろに少しつまむ位でいい。
レシピの半量とはいえ、たくさんある。  どうしよう…


煮豆続き

いっぱいあってどうしよう…
と思っていたら、煮豆は冷凍できるとのこと。
さっそく半分は冷凍にした。
それと蒸しパンに入れるのもいいらしい。


ところで、先日輪島が夢にでてきたけど、今日、テレビにでていた。
解説者として国技館に来た。
問題を起こして去って行ったから、公の場で相撲と関わっているのを見る事は、もう無理かと思っていたのに。

己の醜さ

職場にひとり言語不明瞭で、若干遅れていると思われる人がいる。
生まれつきなのか病気なのかはわからない。
耳が悪いわけではないようだ。
先月から来ている。
そういう枠で来たのかどうかはわからない。

私と、もうひとりの同僚の間の席になり
仕事を教えてあげてね、と言われ、仕事の一部を教えたり
お昼もなんとなく私たちのグループに自然に入ってきている。

本当はこんなことを思ってはいけないのだが
実は苦手。
申し訳ないのだが、その人が仕事中に
「うきゃきゃきゃ~○※@”%&$」
と独り言を言っているのを聞くと寒気がする。
その人に関係なく、その人側に自分の書類を置くと
すぐに反応して、5分くらいこっちをじーーーーーっと見ている。
虫唾が走る。
(こっち見ないで!とさりげなく書類の冊子を高く積む私)
すると真っ白い顔でにやっと笑う。
遠くから人の話に割り込んでくる。
何となく垢臭い。
いやーーーーーーーーーーー

仕事は何度も何度も同じことを聞くけど
簡単なことならばできるし、大きな失敗はしていない。
何か迷惑をかけられたわけでもない。
でも、どうしても苦手。
障害者が嫌いというわけではない。
仲良くしている車椅子の友人もいる。
 …知的障害の方が苦手なのかもしれない。

学生の頃、知的障害の方の通所施設に2週間、実習に行ったことがあった。
そのときは苦もなく接していたけど、お昼だけはだめだった。
施設独特の臭いとろれつが回らないおしゃべりに胃腸が反応して
どうしても食べ物を受け付けない。
実習は何人かで一緒に行ったのだけど
3日目に実習生仲間のある人が昼食中に「うっ!」とうめき吐いた。
奇声が気持ち悪くて吐いたと後で言っていた。
私も吐きはしなかったけど気持ちは悪かった。
こういう仕事は向いていないな~と思った。

今も、本当はお昼ぐらいは離れたいと思っているが
そんな酷いことはできない。
一緒にお昼は食べている同僚の一人は結構冷たく接している。
他に、もうひとりの同僚がいるが、その人が話し相手になっている。
私はあからさまに冷たくはできないけれど、話を振るでもなく
何を言っているかわからないこともあるけど適当に相槌を打っている。
(私が一番中途半端でいやな奴かもしれない)
その人は別の部署の人にはとても冷たくされていて
それは気の毒なのでそういう時はかばわなければと思うけれど
だからと言って、親身に世話を焼いたり、仲良くなろうとは思わない。

その人はたまに、周りの人を小馬鹿にしたようなことを言う。
(失礼だが)そういう時の口だけは明瞭で反応も早い。
お昼に話相手になっている唯一の人は猛然と言い返す。
冷たく接している人はそういう時はやさしく言い含める。
ふたりの対応はたぶん正しい。
相手の方をちゃんと向いている対応。
反論は対等に接しているということだし、注意してあげるのは親切。
私は聞こえないふり(徹底無視)をするが心の中はかなり不愉快。
(心の中…オマエが言うな!!○○のくせに←○のなかはとても言えない)
相手を下に見ているし、冷たい。
このような時も私はいやな奴。

子供の頃にも強制的にお世話係を任じられていやだったことを思いだす。

その人の存在で自分の心の醜さが自分でよくわかる。

日記(1/20)

昨日少し暖かかったせいか、今日はとても寒く感じる。
今日も疲れた。
今朝方、なぜか3時頃目覚めて、その後ほとんど眠れなった。

父にインターネットをしばらく禁止される夢をみた。
たぶん、昨日のブログの内容に多少の罪悪感があるからだろう。
でも消さない。
こんなこと職場でも、職場の外でも口にはできない。

また最近、元同僚がインターネットで精神を病み
ご家族からインターネットを禁止されたという話を人伝に聞いたことも
こんな夢を見た要因だと思う。

考えてみると、もうしばらく父に何かを禁止されたということはない。
ずっとずっと前、父はかなり厳しかったしうるさかった。
様々な事を禁止された。
年を重ね、世帯主も娘婿に譲り、多少、物忘れもするようになって
今は孫にとってはやさしいおじいちゃん。
子にとっては、もう自由にやれるという開放感とともに
父の権威が落ちたような寂しさもある。
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