子供の頃は鮮明で印象深い夢をたくさんみていた。
当時から夢に強い関心を持っていて、夢占いの本も以前はたくさん持っていた。

夢に関心を持ち始めるとさらに夢をたくさんみるようになった。
きちんと日記風に記録していたこともあるけれど今は思いついたときだけ記録している。

夢をきちんと記憶していることは前に比べて少なくなった。
夢は、精神状態をそのまま反映しているように感じる。
最近の夢は途切れ途切れで夢の中の感情は不快なことも多く
眠りも不安定で頻繁に途中ではっと目覚める。
不快な感情はそのまま残っている。
そのあと眠ることができないこともある。

またそれとは別の話だが
私は夢の中で、これは夢だとわかっていることが結構ある。
何かから逃げていても夢だと気が付いて走るのをやめたり
逆に、夢だから平気なはず と高いところから飛びおりて見事な着地をしたり
遅刻しそうになってもあわてなかったりする。
心配事をしている家族に、これは夢だから大丈夫だよと言うこともあった。
お金が道端に落ちていて、「どうせ夢だからだまされないよ」と思っているという夢もみた。

夢の中で夢を見ていることもある。
夢だからどうでもいい…と言って目覚めた。
でも、まだそれも夢の中だった。という夢。
私の周りの人は、そんな夢は見ないというが
夢の中で夢だと自覚していたり夢の中で夢を見たりすることはそう珍しくは無いとの事(本によると)

そういう夢を見た後は疲れる。
疲れているからそういう夢を見るのかもしれない。

よくみる夢で
思うように歩けないというのがある。
それから、実家付近の道
どこかから家に帰ろうとする場面をよくみる。
なかなか家にはたどり着けない。
昔、通学路としてよく歩いた道がでてくるがどことなく、ちょっと違う。

そして家がなかったり、行き過ぎてしまったり
誰もいなかったり、別の人が住んでいたり
別の建物になっていたりする。

私は家に帰りたいのだろうか…
家に帰りたいというより、昔に帰りたいのかもしれない。
昔は良かった、子供の頃は良かった、という思いはさらさらないが
親の庇護の元にいた頃が懐かしいという思いはある。
(それはそれで窮屈だったけれど)

何本もある線路を歩いて横断する夢と
海を眺める夢
これもよくみる。

同じようなテーマの夢をある時期に繰り返しみるということもよくある。

これは・・

こういうのは黙って通り過ぎることができない。

とあるブログより引用


= = = = = = = =

>9.11に寄せて
>今日は9.11です。
>私たち人類の気づきのために9.11で命を失うことを決めて
>今世にいらした方々に、こころより感謝いたします。

>これまでにも世界大戦など、大きな犠牲が全て大きな気づき
>を人類にもたらして下さいました。
>私は無宗教ですが、イエス・キリストなど、そういった我々のために
>大いなる存在たちが導いてくださっているのを感じます。

>犠牲のもとの気づきではない世界、もしかしたらそれがアセンション
>なのかもしれません。

= = = = = = = =

書き主はスピリチュアル系の仕事をしている人
(日食関連でアホ記事を書いていた人:友人の知人)

神様にでもなったつもり?
>9.11で命を失うことを決めて
>今世にいらした方々
軽々しく、こんなことを言わないでほしい。
無宗教だというけど、新興宗教ではあなたみたいなことを言うよね。
導きなどというけれど、あの後、平和になったわけではない。


2010年1月17日追記
今年になって該当記事は削除されたようです。

日記(9/18)

今週は長かった。くたびれた。眠かった。
火曜、水曜の眠さは尋常ではなかった。
眠り妖怪?にでもとりつかれたかのようだった。

火曜日はろくに髪を乾かさず、窓も開けっぱなしで寝た。
寝不足ではないのに一体なんだったんだろう。

今日もだるかったけど、明日から休みだと思うと気分が大分違う。

今週はお昼の食欲もなかった。
お弁当を残したり、パン一個も食べきれなかったり。
食欲不振というわけではなく、おなかはすく。
どうしたというのだろう。

でもどうでもいいけど。

とにかく休み
休み明けは憂鬱だろうな・・と今から憂鬱。

シルバーウイーク

近年にはないほど静かで穏やかなひと時を過ごした。
幸せな時間だった。
もう、この先、こんなときはないかもしれない。


大満足。
大感謝。
今、ぽっくり死にたい。



実家で両親と水いらずで過ごしただけなんだけど。



これからまた、日常に頭と心を戻さなければならない。

ひとりごと

まだ先日の帰省の余韻にひたっている

9月に帰省するのはひさしぶり
秋のお彼岸のお墓参りもひさしぶり
黄色に実った田んぼを間近で見るのもひさしぶり
稲架かけを見るのもひさしぶり
水入らずで長い時間を過ごすのもひさしぶり
好きなものばかり食べるのもひさしぶり

望んでいて、もう無理だと思っていたことばかり

もう、しばらく帰省とはいうものの「訪問」という感じだったのに
今回は本当に「帰った」という気がした。
そしてそれはもうないかもしれないと思うと
あの時間がたまらなくいとおしい。

家事も思いっきり手伝えた。
(他人が入るとそれすら気を遣うものである)

母親も何度も、「こんなの久しぶりだねぇ」と心底うれしそうに言っていた。


山の崩壊の痕跡も、今回はしっかりと見た。
地震後、帰省は数回。
冬は山の姿は見えるが雪が積っているので崩壊部分は見えない
ゴールデンウィークの頃でも残雪がある。
夏は山の方向は曇っていることが多く、去年も今年もお盆の帰省ではろくに山の姿をみていない。
今回、三か所は確認できた。
大きくこそげた部分は隣県に行くと、もっとよく見えるらしい。


今回の帰省、行きの乗り物はあまり順調ではなく
帰りも迷惑な親子連れにうんざりしたが、そんなことはあまり気にならない。
(でも帰りの新幹線ではありがたいことに親切なおじさんがたくさん立っている人の中から
わざわざ私を座らせようとしてくれた)
帰省疲れがほとんどなかった。
(酔い止め薬の眠気とだるさはあったが)
普段の帰省でも楽なほうだとは思うが、結構気を遣っていたんだなと改めて思った。
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