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新生児の泣き声にも“訛り”
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト11月 6日(金) 16時15分配信 / 海外 - 海外総合

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20091106-00000000-natiogeo-int

新生児は子宮の中で言語を覚え始め、生まれたときには既にその言語特有のアクセント、
いわば“訛り”のようなものを身に付けているという研究が発表された。

胎児は耳で聞くことで言語に慣れていくという見解は特に目新しいものではない。
誕生直後の新生児が複数の異なる言語を耳にすると、ほとんどの場合、
母親の胎内で聞こえていた言語に最も近い言語を好むような態度を示すことが
複数の研究で既にわかっている。

ただし、言語を認識する能力と発話する能力とはまったく別のものである。

ドイツ、ビュルツブルク大学発話前発育・発育障害研究センターのカトリーン・ヴェルムケ氏が率いる
研究チームは、フランス人とドイツ人各30人、計60人の健康な新生児の泣き声の“メロディ”を調査した。

ただしヴェルムケ氏によると、このメロディ、つまりイントネーションは、厳密に言えばアクセントとは
異なるという。アクセントとは、単語の発音の仕方に関連するものだ。

一般的に、フランス語を母国語とする人は語尾を上げ、ドイツ語を母国語とする人は
逆に語尾を下げるということが知られている。
また、メロディ(話し言葉のイントネーション)が言語の習得において
決定的に重要な役割を果たすということもわかっている。
「ここから、新生児の泣き声の中から何らかの特徴があるメロディを探すというアイデアを思いついた」
とヴェルムケ氏は明かす。

今回の研究に参加した新生児の泣き声のメロディは、胎内で聞いていた言語と
同じイントネーションをたどっていた。例えば、フランス人の新生児は泣き声の最後の音が高くなった。
「胎児や乳幼児がメロディを感じ取り再現することから、
人間の言語習得の長いプロセスが始まることは明らかだ」とヴェルムケ氏は語る。

また今回の発見で、言語の発達プロセス以上のことが明らかになる可能性もある。
「乳幼児の泣き声などの発声をさらに分析すれば、
人間の祖先がどのようにして言語を生み出したのかという謎の解明にも役立つかもしれない」。

この研究結果は2009年11月5日発行の「Current Biology」誌に掲載されている。

江戸

この前、「JIN-仁-」が面白いということを書いたが
このドラマを観ていると、以前読んだ「逝きし世の面影」(渡辺京二)という本を思い出す。

面倒なので2行で言い表すと
幕末に日本を訪れた外国人の文献をもとに、この時代の日本人が
どれだけすばらしかったか考察・・・(もうその美徳は失われた)
という本。

 ↑ ↑
(この説明ではちっとも面白そうではないけど、面白いので興味のある方は読んでください。)

ヒュースケンの証言も載っている。
数年前の大河ドラマ「新選組!」でヒュースケンが日本を褒め称えていたけど
あれは(日本を賞賛していたことについては)本当だった。

仁を観ていると「逝きし世の面影」を読んだだけでは想像するのにも限界があった
江戸のまち、職人の器用さ、長屋の助け合いの生活がリアルに感じられる。
江戸を描いた時代劇はいくらでもあるけど、
「仁」は細かい部分がかなり再現されているのではないだろうか・・?

おそらく、現代人の感性で幕末期の江戸を見るのと、
異国の人が当時の江戸を見る感じは近いのではないだろうか?



もうひとつ
私が、「○○さんてもしかしたら江戸時代から来た人なんじゃないの?」と言われることがあるのも
主人公が現代から幕末へタイムスリップしたこのドラマに惹かれる理由のひとつ。

古い言い回しや風習を知っている、旧暦に詳しい、
旧い字体や変体仮名を難なく読める、(そんな人はいっぱいいると思うが)
それから、尊皇攘夷派、今どきの歌を知らない、父から巻紙&毛筆の手紙が届く等々で、
江戸時代から来たんじゃないの?とか、もしかして江戸時代から生きている?
などと冗談半分に言われる。

マスク

新型インフルエンザが猛威をふるう中
職場はとうとう、マスク強制着用となった。
マスクは毎日支給されている。

前にここで、私は顔が小さいと人から言われるけど
客観的に見て本当に小さいのかどうかよく分からないということを書いたが
みんなが同じ大きさのマスクを一斉につけるようになって
ようやく、自分の顔の小ささを実感した。
マスクは標準サイズだが、私にはかなり大きい。
顔の8割以上隠れる。
周りを見渡すと、顔の半分~6割位隠れている人がほとんど。
ようやく、そうか、そういうことなのか・・と納得。
でも、前にも書いたように、小顔がそれほどいいものだとは思えない。

それより
顔のほとんどが覆われていて、前髪も眉下くらいなので、目だけしか露出していない。
マスクは昼食時以外、通勤時から帰宅するまで付けている。
昼食時は照明を消すのが職場の掟なので、薄暗い中で食べている。
目薬を頻繁にさすので、アイメイクはほとんどしていない。
もしかしたら、すっぴんでも平気なのでは・・などとずぼらなことを考えている。
でも、考えるだけで、たぶん実行はしないけど。

メモ

除夜の鐘「喜びの響だ」…向田さん小5時代の詩発見
11月15日13時55分配信 読売新聞
脚本家で作家の向田邦子さん(1929~81年)が、
小学5年生の時に書いた詩を収録した文集が見つかった。
多くの児童が戦時下の暗い世相をうかがわせる作品を書く中、
向田さんは家族と初詣でに行った様子を描いており、所蔵する鹿児島市のかごしま近代文学館は
「子どもの頃から異彩を放っていたことを示す貴重な資料」と話している。
向田さんは3~5年の時、同市の山下尋常小(現・山下小)に通った。
文集は、同小の児童が書いた作文や詩を集めた「やました」第14号。
1941年(昭和16年)2月に発行された。
向田さんの詩は、「除夜の鐘」と題した20行。これまでは、この詩の写ししか確認されていなかった。
詩は同市の照国神社に父、弟と一緒に初詣でに行った様子を記している。

 「高く燃え上る 眞赤な焔(ほのお)が 人々の顔をかすかに照らし出す 
 あたりは眞の闇に包まれて 多くの人々の足音だけが聞える 私は弟とおされながら 
 お父さんの袖につかまって やっと拝殿に進み――」

耳をすまして聞こえた除夜の鐘を「新しい年を迎へる喜びの響だ」と表現、明るく結んでいる。
文集は今月3日、向田さんと同時期に同小に通ったという市内の男性(80)から寄贈された。
向田さんの弟、保雄さんの詩「雀」も載っている。
同館の河野昭彦次長は「ほかの児童の大半は兵隊や演習について書いているが、向田さんは
家族との触れ合いを細かく描写している。その後の作品に通じる何気ない日常を見つめる視点や
家族思いの一面が伝わってくる」と評している。
同館は、今月30日まで開催中の企画展で文集を展示している。(松下浩子)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091114-00000705-yom-soci

朝寝

今日は8時に目を覚まし、まだ眠くて
しばらく起きずにくだくだとしていた。
朝、のんびりできるのは本当にうれしい。

ここ何年かは休日でも7時台に起きることが多かったけど
今日は目覚めがあまりよくなかった。
昨夜、夜更かししたのと寝る前に頭痛薬を飲んだことがたたったのだろう。

ひとりで、尚且つ休日だと、何時に起きてもよい。
子供の頃の実家ではそうはいかなかった。
休みの日でも揃って朝ごはんを食べるというきまりがあり、朝寝は許されなかった。
お正月でも6時起きだった。
今は、実家でも休日の朝ごはんはそれぞれ起きた人順に食べる。
(私が帰省したときは両親とは一緒に食べる)
甥や姪など、私が子供の頃には考えられないほどの自由さ。
(でも、口を出したりはしない。)

子供の頃は休日に普通の時間に起きることがいやでたまらなかった。
のんびりとしていたかった。
一人暮らしを始めた当初は、休日には存分に朝寝をし、9時や10時まで寝ていた。
今は、(年のせいか?)朝、一度目が覚めたら、もう眠れない。
で、結局起きてしまう。
でも、今日のようになかなか起きられない日もある。
好きなようにのんびりできる自由さは捨てがたい。
こういうときはひとりで良かったと心から思う。

あまり朝寝への執着はなくなったけど、
平日、朝起きることがつらいということは別物。
明日からはまた目覚ましで起きなければならない。
それを考えると憂鬱。
たぶん、7時頃起きても間に合うはずだけど、
平日はどうしても6時には起きていなければいけないような気がして、目覚ましで起きる。
夏は5時前に起きるのも平気だが冬はつらい。
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