日記(2/3)

今日は節分
豆まきをした。
恵方巻きは食べない。大阪の海苔屋が言い出したことなので、その手には乗らない。
豆を歳の数だけ食べるのは、そろそろ大変になってきたが
急須にその個数の豆を入れて(※もちろん、ちゃんと炒った大豆で)お湯をそそぎ、豆茶にして飲めば
その数だけ食べたことになるらしい… まあ、むりやりという感じもしなくはない。


今日は寒すぎる。
部屋の中がなかなか温まらない。

第898回「逆上がり出来ますか」

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鉄棒は中学生の頃、触ったのが最後。
今、逆上がりはできないと思う。
逆上がりは試験の時に一度しか出来たことがない。
小学生の頃の普段の授業では全く出来なかった。
練習もさせられたが、あまり熱心ではなく、なんとなくやってるふり。
でも、試験の時だけは、なぜか出来た。
いつもは本気を出していないということなのだろう。
あるいはまぐれ運?が強かったのか
目が回るし、怪我は怖いし、手は臭くなるし、いやだった。

同じように、高校生の時も平均台の上での前転は
普段の授業では出来ず、試験の時一度だけ成功。


普段できているのに試験の時だけ失敗とか、
汗みどろになって練習したのにできなかった人にとっては
私のようなやり方(意図的にそうしているわけではないが)は面白くないと思う。

体育は苦手で大嫌いだった。
上手にできないということで罵られた言葉や、とられた態度は忘れたくても忘れることはできない。
体育に関してだけは、一生懸命にやる価値はないと思っていた。
学校だから、授業だから、試験だから、やっていただけ。
公園の鉄棒など、触ったことも近づいたこともない。


鉄棒を触ったあとの汗と金属(錆?)の匂いもいやな記憶とともによみがえってくる。

皇紀2670年

建国記念(の)日

日の丸


祝日法による趣旨は「建国をしのび、国を愛する心を養う」

愛国心というだけで、反発する人もいるし、
愛国心を求めるのならば、愛せるような国にしろなどと本末転倒なことをいう人もいるけれど
自分の国を愛するという気持ち=すべて肯定ではない。
愛国心は「愛さなければならない」などというような義務ではない。
すべて良くなれば、愛して(あげても)もいいなどというものでもない。
自然にわきあがってくる、自分の国を大切に思う気持ち。
多くの人は意識していないだけで、持っていると思う。
(もちろん、否定する自由もあるし、日本人でない方も自国を大切に思う気持ちは同じ)

日本を平気で貶めることのできる人たちの政権は早く終わってしまえ。
愛国心を持たないような流れに誘導するマスコミもいいかげんにしてくれ。


第906回「図書館は利用しますか?」

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最近は時間があまりなくて行っていないけれど、
学校時代も社会人になってからも、図書館はよく利用している。

子供の頃から本が大好きだった。
父が本をたくさん買ってくれたし、母も独身時代から本が好きで家はちょっとした図書館並みに本がある。

小学校時代は図書館の本を一番沢山読んだということで表彰?されたこともあった。
中学校、高校では自ら図書委員になっていた。(あまり熱心には活動しなかったが)
大学でも図書館に入り浸っていた。
学校案内のパンフレットの図書館の写真に写りこんでしまっていた。
社会人になってからは、買って読んだ本より、図書館で借りて読んだ本のほうが多いような気がする。
ジャンルはいろいろ。
以前、もっと頭の柔らかい時は三冊ぐらいは並行して読むことができた。
今は一冊読み終えるまで、次の本は読めない。

図書館は本当に便利。
古い本も読めるし、高くて自分で買えないような本もタダで読める。
読んでみてつまらない本だったとしても、借りものだから別に損はしない。
欲しい本もリクエストすれば買ってくれるし、最近はDVDも借りられる。


本は財産(だから借りるより買ったほうがいい)という人もいるし、
誰が触ったかわからない本はいやという人もいて、
その気持ちもわからなくはない。
私も賃貸ではなく、一生、そこに住む(引越しは絶対にない)のならば、
本を並べて満足?したいし、買い揃えたい。
いつもきれいな本を読みたい。
でも、いつまで、ここに住むのか、どこでどんな風に死んで、誰が後始末をするのかもわからない。
あまり物をためこまないほうがいい。自分の本棚の本は最小限でいい。

でも本を借りている状態というのは落ち着かない。
なにかあって返せなくなったらどうしよう・・
今、ぽっくり死んだら、この本、返せないかも・・
などと考えてしまうこともある。(それはADSLのモデムやらレンタル屋のDVDでもだが)

どうしても欲しい本、手元に残したい本、新刊で今すぐ読みたい時は買い、
そうでない時や、もう売っていない本を読みたい時は図書館を利用し、使い分けている。


話はそれるが、図書館ではなく、人から借りるのと、人に貸すのはどちらもあまり好きではない。
読書の好みを人に押し付けられたり、逆に勧めたりするのもいや。
就職の面接での質問や、親しくなり始めの人と
話しの糸口として読書の傾向について話すことは仕方がないし、
または同じような考え感覚の親しい人と、作品や作家について語り合うことは有意義だと思うが
そうでない多くの場合は、自分がどのような本が好きで、なぜ好きなのか話す必要もないし
話すのがもったいないとさえ思う。
いろんなジャンルの本を読んでいるので偏っているわけではないつもりだが
心の一部をさらけだすようでいやなのかもしれない。
とくに、しつこく粘着して聞かれたり、勧められたりするとうんざりする。
他人が読んでいる本を内心、馬鹿にしていることもあるが、
基本的に他人がどんな本を読んでいるのかは親しい人でも興味が無い。
読書というのは超個人的な嗜好だと思うので。
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おおやしまねこ

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