日記(3/2)

友達からスパークリング大吟醸を貰ったので晩酌
肴はイカの塩辛とおでん。
スパークリング大吟醸、結構おいしい。

明日はひな祭り
白酒はないので、明日はどぶろくを飲む。

梅酒も貰ったし、自分で買ったのもあるのでしばらくは
どれを飲もうか…という楽しみがある。

イカの塩辛は以前は自分で作っていたけど、今は買っている。

ひとりごと

今年の大河、八重の桜は結構面白い。
でもオープニングは映像も音楽もあまり好きではない。
一部分、月替わりで映像が変わっているようだけど
先月は指紋のようなものがうねうね。
今月も妙な物体がみにょみにょと増殖。
オープニング後半は綾瀬さんのプロモーションビデオ風。

本編では磐梯山のスキー場は見えないように映像処理しているが
オープニングの傘の大群シーンではしっかりスキー場が見えている。
わざとなんだろうけど、なんとなく興ざめ。
何年か前の天地人のオープニングの八海山のカネツグの脇の石柱は
何かの手違いかと思っていたが、あれもわざとだったのか。

ここ数年の大河のオープニングは主役が登場しているが、
それが良い効果を生み出しているかどうかは微妙だと思う。
江の変な踊り…
清盛のオープニングも途中で変わった。
矢を射ている姿の方が良かったのに、舞に変わってからは変だった。
龍馬伝は龍馬の部分を除けば割と良かった。

自分勝手な総括をすると、オープニングに主役本人はいらない。
 


日記(3/9)

強風
先日の強風で郵便受けが飛んで行った。
無事戻ってきたが、もうそんなことがないようにしっかり止めた。
今回は大丈夫。

通勤路ではないのでたまにしか行かないスーパーに久しぶり行った。
開店○周年記念ということで、大福餅をくれた。
おいしく頂いた。

いくつかの食材とお惣菜を一品買って
レジで「記念品です」と大福をカゴに入れてくれた後
「お○し大丈夫ですか?」と聞かれ
お菓子(甘い物)大丈夫ですかと言われたのかと一瞬思ったが
よく考えるとお箸大丈夫ですか(お惣菜用につけますか?)という意味だったと気がついた。
何も考えず反射的に「大丈夫です」と答えた。
どちらにせよ、大福OK(大丈夫)。箸は必要ない(大丈夫)。なのでどうでもいいことだけど。

二年

首相、政府主催追悼式で「強靱な国づくり」誓う
読売新聞 3月11日(月)15時23分配信

東日本大震災から2年を迎えた11日午後、政府主催の追悼式が、天皇、皇后両陛下をお迎えして、
東京・隼町の国立劇場で開かれた。

遺族の代表や安倍首相ら各界の代表者が参列。地震発生時刻の午後2時46分に1分間の黙とうをささげ、
犠牲者の冥福を祈った。

式典は、天皇、皇后両陛下をお迎えした後、国歌斉唱に続き、
安倍首相が「今般の教訓を踏まえ、わが国全土にわたって災害に強い強靱(きょうじん)な国づくりを
進めていくことを、ここに固くお誓いいたします」と述べた。
最終更新:3月11日(月)15時23分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130311-OYT1T00833.htm?from=ylist


東日本大震災追悼式 天皇陛下のおことば
本日,東日本大震災から2周年を迎えるに当たり,ここに一同と共に,
震災によりかけがえのない命を失われた多くの人々とその遺族に対し,改めて深く哀悼の意を表します。
2年前の今日,東日本を襲った巨大地震とそれに伴う大津波により,2万人を超す死者,行方不明者が生じました。
震災後に訪れた被災地では,永年にわたって人々が築いてきたふるさとが痛々しく破壊されており,
被災者の悲しみはいかばかりかと察せられました。一方,この厳しい状況の中,被災地で,
また,それぞれの避難の地で,気丈に困難に耐え,日々生活している被災者の姿には,常に深く心を打たれ,
この人々のことを,私どもはこれからも常に見守り,
この苦しみを,少しでも分かち合っていくことが大切だとの思いを新たにしています。

この度の大震災に際して,厳しい環境の下,専心救援活動に当たった自衛隊,警察,消防,
海上保安庁を始めとする国や地方自治体関係者,多くのボランティア,
そして原発事故の対応に当たった関係者の献身的な努力に対し,改めて深くねぎらいたく思います。

諸外国からも実に多くの善意が寄せられました。物資や義援金が送られ,また,救援の人々も多数来日し,
日本の救援活動を助けてくれました。また駐日外国大使など日本に住んでいる外国人を始め,
災害発生後の日本を訪れる多くの外国人が,被災地に赴き,
被災者を励ましてくださっていることに感謝しています。

この度の津波災害において,私どもは災害に関し,日頃の避難訓練と津波防災教育が
いかに大切であるかを学びました。この教訓を決して忘れることなく,
これから育つ世代に伝えていくことが大切と思います。今後とも施設面の充実と共に,
地域における過去の災害の記憶の継承,日頃からの訓練と教育などにより,
今後災害の危険から少しでも多くの人々が守られることを期待しています。
危険な業務に携わる人々も,この度の経験をいかし,身の安全が確保されることに
工夫と訓練を重ねていくよう願っています。

今なお多くの苦難を背負う被災地に思いを寄せるとともに,
被災者一人びとりの上に1日も早く安らかな日々の戻ることを一同と共に願い,
御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h25e.html#D0311


安倍首相が動画メッセージ「東北に春が来ないと日本の春も来ない」
2013.3.11 08:55 [東日本大震災]
 安倍晋三首相は11日朝、東日本大震災から2年にあたり、
自身の動画メッセージを動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開した。
首相は「東北に春が来ない限り日本に本当の春はやって来ない。一日一日の重さを忘れることなく、
必ずや復興を加速させていく」と表明、国民にも東北へのさまざまな支援を呼び掛けた。

 メッセージでは、冒頭、家族を失った被災者らに哀悼の意をささげた。
続いて、首相の被災地訪問の様子を映しながら「仮設住宅でいまだ続く皆さまのご苦労を痛感した一方で、
助け合いながら懸命に前を向く姿に確かな希望を見つけることができた」と述べた。

 さらに、ボランティアや寄付、東北産品の購入などを通じ「私たちの東北を皆で支えていこう。
東北から芽生え始めている日本の未来を切り開く新しい可能性を、皆で育んでいこう」と訴えた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130311/plc13031108570004-n1.htm



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あれから二年経った。
数キロ先はまだ津波の跡も生々しい状態。

あの震災の恐ろしさは忘れられない。
私自身はそれほど大きな被害はなく、同じ地域の中でも割と早く日常が戻ってきたが
その時の申し訳ないような気持ちも忘れられない。










日記(3/17)

彼岸入り。
父が亡くなって以来、春と秋の彼岸は必ず帰省してお墓参りに行っていた。
あの地震の直後でも初彼岸だったから、帰った。
今年は連休ではないし、春分の日が水曜で休みをとってつなげて休むことも難しいので帰らない。
日帰りで帰れないこともないけど、午前は出勤になる可能性もあるしちょっと無理。
母には電話で、父には心の中で許可をとった。
お墓参りはゴールデンウイークに行く。
3年目ともなるとそんな扱いか…という父の声が聞こえるような、聞こえないような…

でも、忘れたことなどない。
毎日遺影には話しかけている。
もう極楽浄土に行っているから、近辺にはいないだろうけど。

葬儀終了直後に虹色の雲が現れ、その数時間後には
見たこともないほど鮮やかな西の空の夕焼け…偶々かも知れないが…
私も、他の家族も、「ああ四十九日も終わっていないのに、もう向こうへ行ってしまった」と思った。
父はいつも速足で、家族で行った博物館の展示物もひとりでさっさと見たり
観光で出かけてもどんどん先に行くような人だったので、やっぱりね…などと話したりもした。

日記(3/18)

今日からようやく春物のコートに替えた。
今週の木曜日は寒いという予報なので、まだ冬物もクリーニングに出さない。

仕事はまた忙しい波がやってきた。
ああ疲れた。


一昨日、ようやく常磐線の浜吉田―亘理間が運転再開した。
これで仙台から浜吉田まで代行バスを利用することなく直接つながった。
浜吉田が最寄駅の友達ともまた、楽に行ったり来たりできるようになる。
でも浜田吉田―相馬は2017年だって。まだまだ遠い話だ。
もう仙台から上野までのスーパーひたちは無理なんだろうか。
スーパーひたちでいわきに行ったり、水戸に行ったりしたこともあった。
海が見える区間もあり、よい景色の駅もあった。
スーパーひたち好きだったのに。
(でも上りでいわきから先は結構揺れて具合が悪くなった記憶もあるが)

第1632回「本、作ったことある?」

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小学6年生の時に読書クラブに所属していて、本を作った。
タイトルは「ねこの冒険」
主人公はとらねこ
とらねこが電車に乗って、はぐれた飼い主を探す話。
挿絵も自分で書き、簡易装丁もした。

この頃は、まだ犬派だったし、とらねこを飼ったこともなかった。
この2年後位にとらねこがうちに迷い込んで、飼うことになり
私はねこが大好きになった。
しかも絵に描いたねことそっくりなねこ。

大分経って、私も実家を出て、子供時代のものを大分処分したとき
家族がその本を見つけて、「えっ?! 予知能力?」とびっくりしていた。
偶々だと思うけど。

なんだりかんだり

昨日と、3/23にアテルイ伝を観た。
原作は読んでいない。
面白かったけど、ダイジェスト版を見ているような目まぐるしさだった。
BSプレミアムで放送されたものを再編集していたようなので、端折っている部分もあるのだと思う。
それに、私は事前知識をほとんど持っていなかった。
大雑把な地域分けで言うと、実家近辺が舞台の話だというのに。

実家近辺に坂上田村麻呂関連の史跡は多くあるけど、阿弖流為関連のものはほとんどない。
平泉に達谷窟(たっこくのいわや)という史跡があり、断崖に掘った仏様や御堂などがある。
何度か行ったことがある。
そこの案内板やパンフレットに「悪路王」なるものが登場する。
坂上田村麻呂が悪さをする蝦夷の頭、悪路王を退治した時に建てたものだという説明がある。
悪路王=阿弖流為の説が有力だそうだけど、そうだとしたらあんまりだと思う。
討伐した勝者の歴史だと言われればそれまでだけど
でも、時代は少し下って義経関連の史跡も坂上田村麻呂と同じように近辺にいくつもある。
義経も追われて討たれた敗者だけど、その違いは蝦夷か大和人かの違いだけなのだろうか?

ドラマの中で津軽に逃れた蝦夷がどうなったのかわからない、ということだったが、どうなったのだろう。
奥州藤原氏の時代になって、蝦夷(えぞ)まで追われたのか、幾世代も経て大和人と混血して同化したのか。
文化に違いはあっても、そもそも民族的な違いはどれだけあるのか。
そして、別にどっちでもいいことではあるけど
私は大和人なのか、先祖の血には蝦夷(えみし)も入っているのだろうか。
地域としては伊治(これはり=くりはら)支配下だから、早期に降伏しているのか?
ドラマの中だと伊治の長の大杉さんが阿弖流為の父の神山さん(役名がややこしくて覚えられない)に
里人を託していたので、あの辺に住んでた蝦夷もやはり津軽組なのか?
先住民を討伐して追い払った土地に私は住んでいたのか。
もともと大和人が住んでいたところに、もっと北に住んでいた蝦夷が下りてきた、
それを討伐したまでとも聞くけれど、はっきりしたことはわからない。
新たな考え事?ができてしまったではないか。

実家の近所の神社も坂上田村麻呂が建てたものだった。
案内板も坂上田村麻呂を称えるもので、蝦夷討伐は正義であるという書かれ方。
今までそれを疑問に思うことは全くなかった。
無意識的に賊を追い払った=正義というイメージで捉えていた。
片方の側だけの歴史しか知らないというのは危険なことだと思う。
ドラマだけだと阿弖流為が正義にも見えるし、
現在の史跡の書かれ方だと田村麻呂が正義に見える。
双方の正義があり、どちらが正義と結論付ける必要はないが、双方の側、多方面から見た歴史は必要。
ドラマの中のばあちゃんの話ではないけれど、
「昔、この土地には先住民がいたけど征服されて追われた」という
事実は語り継いでいかなければならないと思った。

今、大河では八重の桜放送中だが、会津藩の人々もこの先
新政府軍と戦って降伏した後、斗南(青森県)に落ちのびていく。
会津藩の人々は後に戻ることができたが
状況は違えど歴史は繰り返している。

NHKはアテルイ伝も大河も復興応援の一環としているようだが
どちらも、もともとそこに住んでいる人々が追われている。
東北を題材とすることでの応援なのか
(原発事故で)「また故郷に住めなくなったぞ」という代弁?を
どこぞの方面に向けてしているのかと勘繰ってしまう。


それとはまったく別だが
ドラマの中では坂上田村麻呂は阿弖流為を認め、
悪いのは桓武天皇という図式だったけど、そのいかにもNHK的方向性にもやもやした。

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