20年

皇室に禍者が侵入して20年。
テレビや新聞では持ち上げ気味だが、ここ数年ですっかり化けの皮がはがれている。
病気の為というけれど、「私はこんなにつらい」「皇室の旧弊な環境が~」「人格を否定された」
「男児を生まなかったから責められた」「娘がいじめられた」と常に他者のせい、被害妄想。
「こんなに頑張っている」「いつも被災者に心を寄せている」アピールも鬱陶しい。

実際には一昨年に最低限の被災地めぐりをしただけで、
両陛下、秋篠宮両殿下、常陸宮両殿下、昨年お亡くなりになった寛仁親王殿下の
被災地お見舞い、ご進講、関連の公務の件数のほうがずっと多い。
それなのに、たいして報道もせず、皇太子とその妻の訪問は大きく何度もとりあげる。
これで印象を操作されてしまう人も多い。
あのふたりのカメラが回っていないところでの態度、受け入れが決まるまでのごたごた、
そういうのはなかったことになっている。
(また「来る」、「やっぱりやーめた」で、もめているらしい)
おそらく、他の公務先でもいろいろやらかしているのだろうと思ってしまう。

公務の選り好みや、私的な外出、嫁いでも実家優先なのは治療の為だそうだが、
何年経っても体調は変わらず、有効な治療方針なのかどうか。
このままなし崩しで今のスタイルを貫くのだろう。
宮中祭祀の徹底拒否という姿勢が怪しすぎる。

このふたりが日本の象徴という地位にたったら、こんな皇室はいらないという声も大きくなってしまう。
そのための破壊者侵入だったのかもしれない。
長期的に中から壊し、国民の皇室に対する敬意を奪っていく作戦?…というのは考えすぎだと思うけど
やっかいな存在であることにはかわりない。
あのふたりをやたらと擁護する人や、団体はおかしい、怪しいということがよく分かった20年だ。

それほど関心がなく、知識を持たないない人の中には未だに、ご病気である(ということになっている)、
お気の毒、という同情を持っている人もいるだろう。
無関心層の「なんとなく」という同情は「息苦しさを与える、時代に沿わない」皇室制度への批判へと変わる。
その批判が、何をしても(あの人だけは)許される、
しんどいならば祭祀を無くす、そして皇室解体の勢力に繋がることは想像に難くない。
行き当たりの同情が多くの国民から沸きおこり、世論を形成すること。
それこそが反日勢力が望むところ。

破壊者(とその背後)の好みや思惑に合わせて皇室を変えていくことがあってはならない。
皇太子妃という役割が果たせないのであれば当然皇后という地位も難しい。
自称、すばらしい能力があるということなのだから、皇室を出て好きな仕事をすれば良いのでは?
幸い、皇太子がどうしても無理という場合には代わりの御方がいるし、その次の世代の親王殿下もいる。
何が何でも次代は現皇太子=浩宮でなければならないというわけでもない。
そのための皇位継承順位である。
「一生全力で守る」と言ったのだから皇太子もついていくという選択肢もあるし、
完全に妻を自由の身にしてあげるという選択肢もある。
今のままでは夫妻にとっても、皇室にとっても、日本にとっても良いことではない。

来なくていいよ

現皇太子とその妻が宮城県の被災地を訪問する予定だったそうだが詐欺だったらしい。
今年4月~6月にかけて予定されていたようだ。
3回検討されて、結局いつなのか、来るのか来ないのかもはっきりしないまま延期だそうだ。
6月は18日に設定されていて、県警でその準備訓練を今週からやる予定だった。
今週は6月12日の県民防災の日(昭和53年の宮城県沖地震の日)や6月14日(岩手・宮城内陸地震から5年)で
各地で防災訓練もあって忙しいだろうに、途中まで準備させられ、あげくキャンセルとは。


あのふたりであれば、来ない方がいいのだが、
来る、来ないのごたごたは腹立たしい。
5月に秋篠宮両殿下が福島県を訪れ、7月は両陛下が岩手を訪れる予定。
6月のあのふたり宮城訪問は割り当て?から言って避けられないという県関係者もいた。

この前のオランダ訪問や結婚20年のニュースで、一昨年にちょこっと被災地を訪れた映像をしつこく流し、
「再びの被災地訪問を前向きに検討されています」
「被災地に心を寄せ続けています」というナレーション。
結局、いかにも「被災地のことを思っています」というアピールだった。
海外優先批判を避けるための印象操作だったのかもしれない。
あれで、騙されてしまう人もいるし、中止したとわざわざニュースでは言わないので
今年も行ったと思ってしまう人もいるかもしれない。
都合のよい体調の波。でも思考回路は本物のゴビョーキらしいので
本人的には「何度も被災地訪問を検討して頑張った私」と変換されているかもしれない。
被災地をなんだと思っているのか。


6/14追記
ニュースにならないかと思っていたら、なりました。


朝日新聞デジタル
2013年6月14日17時24分
http://www.asahi.com/national/update/0614/TKY201306140216.html

皇太子ご夫妻の被災地訪問延期 雅子さまの体調考慮
 皇太子ご夫妻が宮城県の東日本大震災被災地を訪問する計画が延期されたことがわかった。
関係者によると、18日を軸に宮内庁や県が準備を進めていたが、雅子さまの体調になお波があり、
改めて日程を調整することになった。数週間先の予定を決めることが、
雅子さまの負担になるとの判断もあったようだ。
 ご夫妻は震災後の2011年4~8月、宮城県など1都4県の避難所などを訪問。
その後、ご夫妻での被災地訪問は水面下で何度か検討されたが、いずれも延期されている。
 小町恭士東宮大夫は14日の記者会見で「鋭意検討しているが、日程を申し上げる段階にない。
両殿下は被災地に心を寄せており、なるべく早く固めたい」と答えた。


>両殿下は被災地に心を寄せており、なるべく早く固めたい」と答えた。
来なくていいですから。

第1681回「あなたに起こったホラーなできごと」

FC2 トラックバックテーマ:「あなたに起こったホラーなできごと」

ホラーではないけど、父が亡くなった時。
よく、「虫の知らせ」というけれど、はっきりとわかるようなものはなかった。(少なくとも私には)
でも後で振り返ってみると、母や甥や姪は偶然のように
Xデーに向けて準備するような行動をしていた。
今日、明日という病状ではなかったのにもかかわらず。

母は偶々雑誌で、生前に遺影を作っておくという記事を読み、写真を選び出し、
写真屋さんに注文までしていた。写真が出来上がったのは亡くなった日。
また、台所のルーバー窓が、平成20年の内陸地震で壊れたままになっていた。
替えがなかなか入荷しないまま平成22年の秋まで、ビニールと板で覆っていた。
その窓が入荷したと店から連絡があり、店の人が来て入れてくれたのが亡くなる二日前。
で、せっかく新しい窓も入ったからと姪が気を利かせてくれて、台所の普通の窓すべてを掃除。
(葬儀は自宅で出すのが当たり前の土地柄、近所の人が手伝いに来るので台所はピカピカにしておかないとまずい)
その気の利く姪が、なぜかXデー前日に玄関の時計のメロディーを気まぐれに変えた。
それまで「歓喜の歌」とか「結婚行進曲」(時間によって変わる)だったのに
「ジュピター」と「アメイジング・グレイス」が交互に流れるように変えていた。
(葬儀の最中に鳴っても違和感のない選曲)
甥は当時大学生で実家を離れていて、たまに会うと床屋がめんどくさいとか言って
ぼさぼさの頭だったのに、すっきりした髪型になっていて
「なんで?帰ってくる前に切ったの?」と聞いたら「なんとなく、昨日(亡くなる前日)切った」と。
すべて偶然なのだろうけど、知らず知らずのうちに準備するかのように行動していた。
後でみんなで検証して、驚いた。

私はと言えば…近い間柄だというのに、しょぼい。
亡くなったのは夜だったが、その日の職場の昼休み時間に同僚と農家の物産展みたいな催事を覗きにいった。
そこに朝収穫したという、葉付きの大根があり、買おうかどうしようかさんざん迷って買わなかった。
結局、その日の夜から一週間実家に帰り、留守にしたので新鮮なうちに食べることはできなかった。
やはり買わなくて正解だった。
しかも実家からこっちに戻るとき、母が「ちょうど大根がいい塩梅にできているよ。持って帰る?」と。
とれたての葉付きの大根は手に入った。
他の家族に比べ、なんとしょぼいお知らせ行動なのか。
姉や義理の兄は特に何もなかったと言っていたけど
一番忙しくて大変な思いをしていたので、直後は思い返す余裕もなかったのかも。


でも、私は忘れていたのだが、同僚によると
その日の夕方、私は「妙な変な寒気がする」と言っていたらしい。
で、同僚が「なんかに憑りつかれたんじゃないの(笑)」と返したらしく
翌日、「○○さん(私)のお父さんが…」というのを知って、その冗談をとても後悔したらしい。
私はそんな会話は気にもとめず、帰って夕飯を食べて、お風呂にも入って寝ようという時に連絡が来て、
その後はずっとばたばたしていたので何も記憶にないし、特に不快にも思っていない。


私は夢を覚えている時は記録しているが、はっきりと予知するような夢は見なかった。
よく、歯の抜ける夢がどうとか言うけれど、
私は日頃、歯の不安を抱えているせいか、歯が抜ける夢はわりと頻繁にみる。
その頃も、差し歯が動いていたのでたまに歯が抜ける夢はみていた。
後で振り返ってみれば、だけど
確かに亡くなる数日前に
「歯が抜けた、どうしようと思いながら、夜の港で出航を手を振って見送った」(悲しい感情が伴っていた)
という、いかにもな夢はみていた。
むりやりこじつければ、そういうことを暗示する夢だったのかもしれないと思う。
「歯」ではなく「夜の港で出航を見送る」ということがお別れだったのかな…


それと、以前に書いたことがあるけど、初めて自分用のテレビを買って
最初に受信したのが某アイドルの死のニュース、
ビデオデッキを買って初めて試し撮りしたニュースが偶々某アーティストの死のニュースだったが、
実はこの時も…それまでパソコンで観ていたのだが、地デジが欲しくなり注文して届いた日だった。
(結局日中不在で受け取れず、テレビの偶然に恐れおののき、連絡してそのまま返品したが)


テーマに沿ったホラーとはちょっと意味合いが違う、不思議な偶然を書いてしまった。



八重の桜の新選組

今年の大河の中の、新選組。
私の周囲の新選組ファンにはいまひとつ評判が悪い。
扱いが悪いというのではなく、見た目として納得できないそうだ。
特に斎藤一。
酷い言い方をする人の口を借りると
「セリフがなくても、立ち姿だけで下手だということがわかる」
「あの刀捌き、あの姿 許せない」
「小さすぎる」
…だそうだ。

確かに、斎藤一はかっこいい人が演じることが多いので、
今年の人は んん…と微妙ではあるけれど、残っている写真もそんなにかっこいいというわけでもない。
私は、小さいということ以外、特に気にならない。
殺陣が微妙なのは彼だけではない。


でも、ここ2、3回の中のわずか何分かの新選組シーンはなかなか良いと思う。
数年前の大河の「新選組!」とその後の正月ドラマ「新選組!!」で描かれていた時期の
間を補完してくれている。

前回の土方と斎藤が訣別するシーンのセリフが特に良かった。

土方「仙台でもうひといくさだ」「まだ榎本艦隊がある!」
斎藤「私は戻ります」
土方「戻る?どこにだ!?」
斎藤「会津に」
土方「ばかな!」
土方「この分じゃ2日か3日で城下まで攻め込まれるぞ!」
斎藤「それでも会津は戦うでしょう ならば新選組も共に戦うまで」
土方「この戦 待っているのは籠城戦だ。援軍がくる当てもねえ 死にに帰るようなもんだ」
土方「いいから一緒に来い 斎藤!」
斎藤「今、会津を …今、会津を見捨てるのは義にあらず。」
「生死を共にした仲間を捨てるのは…(誠の旗を見て)…士道に背きます」
土方「お前…会津にほれた女でもできたか?」
斎藤「ええ、相手は女ではなく、愚かなほどにまっすぐな会津という国です」
土方「どうやって戦う気だ。銃も弾も底をつきかけてるぞ」
斎藤「弾が尽きても…(刀を握って)…まだ刀がある!」
土方「そうか…ならば俺は俺の戦をしに行く」
斎藤「はい」

八重の桜


まだ刀がある!は
「新選組!」の中の斎藤が誠の旗を持って
「この旗がある限り新選組は終わらない!」と叫んでいたシーンを思い出す。

「ばかな!」「死にに帰るようなもんだ」と言った土方は死に、
会津に殉じるつもりの斎藤は大正まで生きるのだから面白い。

斎藤一はかっこよく描かれることが多いから、見た目もかっこいい人を望むファンが多いというのは
わかるような気もする。
イメージがなんたらと言ったら、私個人の感覚では薩摩の中村半次郎(桐野利秋)役も微妙。
現在は北三陸駅長役の人が演じた桐野はかっこよかった。


================


八重の桜を見て思うのは
会津と第二次世界大戦の日本はよく似ているということ。
新政府軍は連合国軍に似ている。
正義と信じていたのに、いつのまにか標的になっていたこと、
最後の一兵まで戦おうとしていること等々。
前回放送の6/23は沖縄戦終結の日でもあるので、少年兵達の悲劇も重なる。

でも、現代から見て愚かだったというのは簡単だけど
会津が、日本が、間違っていたとも思えない。

今年の大河、主人公が戦う気満々なのがいい。(戊辰戦争終了後、ころっと変わる可能性はあるが)
変な反戦主義者も今のところ出て来ていない。
NHKは巧妙に思想を押し付けてくるので
戦の悲惨さを見せつけて、見ている人に考えさせるやり方なのかもしれないけど
ぺらぺらとセリフで押し付けられるよりはいい。
今の価値観ではなく、当時の価値観で描いてくれた方がいい。



続きを読む

カテゴリ
月別アーカイブ
ブログ内検索
書き主

おおやしまねこ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: