日記(3/4)

今週は考え事をする暇がなかった。
日曜日に久しぶりの客が来た。
二カ月ぶりなので、たいして久々というほどでもないのだが
急に来られても…(内心) なので
あまり歓待はできなかった。
月曜日、前にも少し書いたことがあるかもしれないが、職場のキ印との懇談が急きょ入った。
それにまつわる余分な作業も帰宅後~翌朝にまで発生し、
火曜日は仕事が怒涛のような忙しさで残業。
水曜日も木曜日も忙しかった。
今日は別件で頭がついていかない。
帰宅後、めったに飲まないビールを飲んだ。
疲れた。
明日はちょっとした家具組み立て作業がある。

たぶん、普通の人にとってはたいしたことじゃないのかもしれないけど
私の感じ方としては、あわただしい、ぼんやりする暇がない一週間だった。

ところで、さっきお風呂に入りながら
月曜日はこうだった、火曜日はこうだったと考えていたら
ロシア民謡の「一週間の歌」を思い出した。
あの歌の主はなんと呑気なのだろう。

日曜日に市場で買い物(糸と麻)
月曜日にお風呂を焚いて、火曜日にお風呂に入る(ロシアは寒い国なのに冷めないのか)
水曜日に友達がきて、木曜日に送って行った(泊りがけ)
金曜日は糸巻きもせず
土曜日はおしゃべりばかり

全然仕事をしてないじゃないか。

硬水と軟水

硬度:水に含まれるカルシウムとマグネシウムの量
硬度が100mg/L以下は軟水、100mg/Lを超えると硬水とされる

軟水
口あたりが柔らかく飲みやすい
素材のうま味や香りを引き出しやすい
胃腸に負担が少ない

硬水
ミネラル分が多く、くせがある
肉などのあく抜きによい
胃腸が弱いとお腹を壊しやすい

仙台市の水道は20~40mg/Lの軟水

(仙台市の水道2016.冬 vol.165 より)

皇室典範と国連

産経ニュース
2016.3.9 14:30更新

【国連女子差別撤廃委】
日本の国柄・伝統を無視し、「男系継承は女性差別」と勧告しようとした裏でやはりあの国が暗躍していた…
 国連女子差別撤廃委員会が、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだとの勧告をしようとしていたことは、同委がいかに対象国の国柄や歴史・伝統に無理解な存在であるかを改めて示したものだ。勧告の理由は、女性だから皇位継承権を与えられないのは差別であるという単純かつ皮相的なもので、125代の現天皇陛下まで一度の例外もなく男系継承が続いてきた事実、日本国の根幹をなす皇室制度への尊重はみられない。
 「男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを踏まえつつ、安定的な皇位継承の維持について引き続き検討していきたい」
 安倍晋三首相も2月4日の衆院予算委員会でこう述べている。にもかかわらず、一方的に勧告に皇室典範改正要求が盛り込まれていたら、日本国の象徴であり、事実上の国家元首である天皇のあり方について、国連の重大な内政干渉を許すことになりかねない危うい場面だった。
 そもそも、女子差別撤廃委の各委員が締約国に関して深い知識を持っているわけではない。委員がもっぱら情報源としているのが非政府組織(NGO)だがその情報は偏っており、例えば慰安婦問題をめぐっても委員の中には、元慰安婦が家族から業者に売られた事例も知らず、全員が「日本軍によって強制的に連行された」と信じ込んでいる者もいる。
 「日本に関する見解をとりまとめた委員は中国の人だ。いろいろな思惑があってやっているのだろう」
 政府高官はこう指摘する。皇室典範の件だけではなく、女子差別撤廃委の委員それぞれが出身国の思惑や国益を背景に政治的に動いている部分もある。今回、同委は慰安婦問題に関する「最終的かつ不可逆的な解決」を決めた日韓合意を批判したが、政府内にはこれも日韓の分断が狙いだとの分析もある。
 いずれにしろ今回、最終見解案に突如、皇室典範改正の文言が入ってきたことは日本政府に衝撃を与えた。委員会内での議論は非公開のため経緯は不明だが、政府には国連の場で仕掛けられる「歴史戦」に一層、強力に対応していくことが求められる。(田北真樹子、阿比留瑠比)

http://www.sankei.com/politics/news/160309/plt1603090007-n1.html
http://www.sankei.com/politics/news/160309/plt1603090007-n2.html


なぜ国連が干渉してくるのか。
ローマ法王も男性のみ。
日本でも大相撲や歌舞伎など男性だけの職業がいくつかあるし、お祭りでも男性だけ、女性だけというのがある。
おそらく他の国にもそのような例は多々あるだろう。
もちろん皇位継承は上記のような事柄の男女の区別とか、一般的な「差別」とは別次元の話である。
西洋での王位継承は女性でもOKになった国もあるのは事実だが
よそはよそ、日本は日本。まさに、日本独自の「皇室」なのだから、国連ごときに口出しされたくない。

国連ということで、現皇太子妃の実父が関与しているのではないかという気がしてしまうのは考えすぎだろうか。
小泉純一郎が首相の頃、小和田恒と何度か面会していた。
小泉と小和田はともに福田赳夫の秘書で懇意だった。
小和田恒の孫娘を皇位につけるための典範改正がされようとする寸前に、
正統な継承者である男系男子が誕生し、典範改正は白紙となった。
民主党政権下では女性宮家が画策されそうになったが反対意見も多く、当時の意見公募で立ち消えとなった。
その後は自民党政権に戻り、議論は進んでいない。
今度は国連を使って手を回してきたのかと思った。
皇太子夫妻も国連事務総長夫妻と親しいようだし、全く油断ならない。


日記(3/11)

震災から5年。
今年は同じ金曜日。
今日の帰り道、小雪がちらついていて、さらにあの日を思い出させた。
あの日は、地震のすぐ後に雪が降った。
今くらいの時間はもう雪は止んでいて、満天の星空だった。
実家と電話が繋がったのも夜になってから。
私は、通りがかりに聞いたラジオで向こうは震度7ということを知って心配が募り、
向こうは向こうで、若林区で水死体200~300というニュースを聞いて
(私は当時、若林区だったがかなり内陸、しかも職場は市内中心部)
私を心配していた。
電話が繋がり、互いに無事だと知って、安堵し合った。



ところで、この前職場で避難訓練があった。
近くの指定避難所まで、職場の人たちが皆で並んで
「しゃべらず、押さず、走らず」に神妙に素早く移動するのだが
市内中心部なので、人混みの中を並んで歩くのはちょっと恥ずかしい。
そして、うっかり行列にまじってしまったオバチャンがいたりして
指定避難所に到着して、人数を数えると、なんか多い。
「あら~何の行列か知らないけど並んでしまったわ~やーね!」だって…
訓練中のプラカードでも先頭か最後尾の人(どちらも職場の上長)が持っていれば良かったのだろうか。
訓練時に不謹慎だが、笑ってしまった。

両陛下 ご来県

天皇皇后両陛下 仙台駅に到着
03月16日 19時38分

天皇皇后両陛下は、東日本大震災の復興状況の視察のため、
16日から、3日間の日程で宮城県と福島県を訪問され、午後5時前にJR仙台駅に到着しました。
仙台駅では、午後4時40分すぎに、両陛下が乗られた東北新幹線が到着しました。
両陛下は、仙台市の奥山市長らが出迎えるなか、
駅の西口周辺に集まった大勢の人たちに笑顔で手を振って応えたあと、
車で、今夜の宿泊先の仙台市内のホテルに向かわれました。
両陛下は、まず福島県で原発事故の影響で避難生活を続けている葛尾村の人たちを励まされました。
17日は、石巻市で震災の津波で犠牲となった、漁業者を追悼する慰霊碑を訪れたあと、
女川町で新たに整備された駅前の商店街などを視察されます。
そして18日には、仙台市の東北大学で、震災と医療についての展示を見学してから、東京に戻られることになっています。
両陛下の宮城県へのご訪問は去年6月以来で、東日本大震災のあと6回目となりました。
JR仙台駅前を訪れた仙台市の70代の男性は、
「来て頂いたことが励みになります。被災地に思いを寄せてくれていることを感じました」と話していました。
また、栗原市の高校3年の女子生徒は、
「被害が大きかった場所を見てもらって、亡くなった人たちに祈りを捧げてもらえるとうれしいです」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20160316/5911131.html


天皇皇后両陛下 宮城・女川町の商店街を視察
3月17日 17時00分
天皇皇后両陛下は、17日、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県女川町を訪れ、
新たな町づくりの拠点となる駅前の商店街などを視察されました。
両陛下は、17日午後、JR女川駅前にある町の交流施設に到着し、
集まった人たちの歓迎に笑顔で手を振って応えられました。
両陛下は、震災以来、津波で大きな被害を受けた女川町への訪問を望んできたということで、
17日は、かさ上げした土地に整備された駅前の商店街を視察されました。
ここには飲食店やスーパーなど30軒近くが建ち並んでいて、復興に向けた町づくりの拠点となっています。
両陛下は、出迎えた商店主らに「どんなものを置いてらっしゃいますか」とか、
「だんだん人が戻ってきてよかったですね」などとことばをかけ、
花屋やダイビングショップでは、店の中に入って商品をご覧になりました。
続いて、両陛下は、町長の案内で女川駅の見える場所に進まれました。
皇后さまは、去年、JR石巻線が4年ぶりに全線開通し、一番列車が女川駅を出発する様子を歌に詠んでいて、
駅を眺めながら駅舎の形の由来などについて尋ねられていました。
商店街の遊歩道には大勢の人だかりができ、両陛下は、すぐそばまで歩み寄って
「震災のときはどうでしたか」とか「ご家族は大丈夫」などとことばをかけられていました。
両陛下は、このあと、津波による被害から復興を果たした水産加工会社の工場を視察されました。
この会社では、がれきの中からレシピを探し出して看板商品のさんまのつくだ煮を復活させたということで、
両陛下は、震災直後の工場の写真などを見ながら、
案内役の社長に「ずいぶん苦労されたでしょうね」などと話しかけられていました。
両陛下は、18日、仙台市で、震災と医療に関する展示を見るなどしたあと、午後東京に戻られます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160317/k10010446791000.html


<震災5年>両陛下「震災と医療」見学
東日本大震災の被災地視察のため宮城県に滞在している天皇、皇后両陛下は18日午前、
仙台市青葉区の東北大川内キャンパスを訪問された。
両陛下は同大百周年記念会館で、震災と医療をテーマにした日本循環器学会の企画展示を見学。
石巻市立病院の被災状況を説明するパネルに案内されると、天皇陛下は「大変でしたね」と言葉を掛けた。
視察を終えると車で県庁へと移動し、村井嘉浩知事らと会食。
2泊3日の被災地訪問の日程を終え、JR仙台駅から専用列車で皇居に帰った。震災後、両陛下の宮城県入りは5回目。
2016年03月18日金曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201603/20160318_13058.html

両陛下 東北大視察し東京へ
03月18日 15時59分
天皇皇后両陛下は、18日、仙台市の東北大学で震災と医療についての展示をご覧になりました。
両陛下は被災地での3日間の日程を終え、午後東京に戻られました。
両陛下は、18日午前仙台市の東北大学を訪れ震災と医療についてのパネル展示をご覧になりました。
パネルの1枚は、宮城県医師会が被災地の医療機関に震災前と同じ医療レベルに戻っているかを聞き取りをしたところ
53%が戻っていないと回答したことを紹介しています。
パネルをご覧になった天皇陛下は「戻らないのはどうしてですか」と質問され、
宮城県医師会の嘉数研二会長が「レントゲンなどの設備がまだ整っていない上に
看護師の数も減っていることなどが影響しています」と説明していました。
このあと、両陛下は宮城県庁を訪れ、待ち構えた人たちに立ち止まって手を振って応えられていました。
両陛下は、18日で福島県と宮城県を訪問した3日間の日程をすべて終え、午後、東京に戻られました。
JR仙台駅には両陛下を見送ろうとする人や一目見ようとする人などでおよそ400人の人だかりができていました。
昼過ぎに仙台駅に両陛下が到着されると大勢の人が「ありがとうございました」と言葉をかけていました。
このうち、3時間前から到着を待っていたという85歳の男性は
「震災のことを気にかけて県内に何度も足を運んでもらえることが本当にありがたいです」と話しました。
また、赤ちゃんを連れた40代の仙台市の女性は
「震災の時は仙台も大変でしたので両陛下にいらしていただくことですごく励まされます」と話しました。
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20160318/5911761.html

ぼたもち

春 牡丹餅
夏 夜船
秋 御萩
冬 北窓

日記(3/26)

今週の火曜日の朝、突然電子レンジが壊れた。
一昨年の夏位に買い替えたばかりなのでまだ二年も使っていない。
一台目はシャープでかなり長く使っていたが、コンセントの付け根が劣化して危険になってきて
15年位使ったから、もうそろそろいいかなと思い買い替えた。
二台目のすぐに壊れたのはハイアール製。
どちらも単機能なので安かった。

壊れ方が突然すぎてびっくりした。
お弁当用に温野菜を作り、冷凍のフライを温めたところまではちゃんと使えていたのに
朝食用にカフェオレを作ろうと牛乳を温めようと、いつもと同じように時間をセットして
いつものようにレンジの中はあかりがついて、動作して、時間経過で「チン」となっても
全く温まっていない。
???
何かの間違いではないかと、もう一度試してみたが温まらない。
コンセントを一度抜いて、もう一度入れ直してみたが温まらない。
朝で時間がなかったので、温かいカフェオレは諦めた。
帰宅してから、説明書を見てみると
「温まらない」→販売店へTEL としか書いていない。
インターネットで調べてみると、同じ症状の相談や修理するより買ったほうが安いという話などが多かった。
念のため、もう一度、カップに入れた水を温めてみたが
電子レンジは動いてはいるものの、温まっていない。
とりあえず、買った大型家電店に電話してみて、状況を話すと
「マグネトロン」というものが壊れている可能性大で、
仮にマグネトロンが原因であれば保証期間は二年なので修理代そのものはかからないが
マグネトロンでない場合は一年を経過しているので保証対象外。
いずれにしても、私が持っていくか(あんな重たいものを!)、取りに来てもらうかしなければならないし
修理にも時間がかかるということで、新しく買うことにした。

電子レンジは、即席物をさほど食べなくても、ほぼ毎日使っている。
ごはんはまとめて炊いて、一食分ずつ小分けにして冷凍してレンジで温めて食べているし、
お弁当作りにも使っている。
冬の朝は牛乳を温めてカフェオレを作ることも多く、電子レンジが無い期間はなるべく短いほうがいい。
単機能のものならばそんなに高くもないので、今度はハイアール製ではないものにした。
火曜日の夜中に注文して、水曜日に届いた。時間指定をして帰宅後に届けてもらった。
速い。
結局、電子レンジなしだったのは一日だけで済んだ。
ハイアールはあまり評判がよくないことは知っていたが
単機能の電子レンジに、当たりも外れもないだろうとたかをくくっていたのが間違いだった。
それに悪い評判だけでなく、SANYOの技術を引き継いだみたいな話を聞いたこともあった。
でもいくらなんでも、壊れるのが早すぎた。
普通の使い方をしていたし、こまめに掃除もしていたし
引っ越し後に買ったから何の衝撃も与えていないというのに。
それを考えると、引っ越しにも耐え、震災にも耐えた前の電子レンジは優秀だった。

一人暮らしを始めた頃は電子レンジを持っていなかった。
それでもなんとかなっていた。
ごはんは炊飯器で再加熱していた(たぶん)。
牛乳はミルクパンで温めていた。
冷凍食品も揚げたり、蒸したりしていた。
今でも同じやり方で電子レンジを使わなくともなんとかなるが
時間や手間を考えると、やはり今更電子レンジが無い生活は難しい。

壊れたほうの電子レンジは市の粗大ごみの回収を申し込んだ。
800円。






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