日記(6/3)

良い天気。
布団を干したり、浴室の掃除を念入りにしたり。

ちょっと前になるが煙タイプのカビ防止剤を使ってみたら
あきらかにカビを防げているようだ。

さっきインタホーンが鳴った。
アパートのひとつひとつの部屋を訪ねている様子。
家だけに用があってきたのではなさそうなので無視。
モニターで見てみると、おばさんふたり連れのエ●バ風。
休日に、たまに来る。(出たことはないがチラシが入っている)
ああいうのもカビを生えなくするみたいに、来ないようにあらかじめ排除できればいいのに。

源氏パイと平家パイ

きのこ対たけのこ? 甘い!これぞ合戦だ 
源氏パイと平家パイが話題に 実はすでに決着が…販売元に聞いた
6/5(火) 7:00配信 withnews
http://news.livedoor.com/article/detail/14816950/

明治のお菓子「きのこの山」「たけのこの里」。
どちらがおいしいかを巡って、きのこ派・たけのこ派に分かれて論争になることがありますが、
「それを上回る争い」と話題になっているお菓子があります。
三立製菓の「源氏パイ」と「平家パイ」です。
まさに源平合戦ですが、すでに大勢は決しているようです。三立製菓に話を聞きました。

ツイッターで話題に
今月3日にツイッター投稿された画像。
写っているのは、ともに「お徳用」と書かれた「源氏パイ」と「平家パイ」です。
源氏パイが28枚入りなのに対して、平家パイは13枚入りと、数的には不利です。
この投稿に対して、「平家にはレーズンが付いている」「しかし源氏は量が多い」
「長期保存は源氏パイが有利」といったコメントが寄せられ、
リツイートは6万、いいねは12万を超えています。

源氏パイとは
1965年から販売されている源氏パイ。ヨーロッパで「パルミエ」と呼ばれるハート形のパイがもとになっています。
三立製菓の開発者がヨーロッパを訪れ、
「このようなおいしいパイを作って日本の家庭でも食べてもらいたい」と開発が始まりました。
当初は形が整わず、商品にならないものも多かったそうですが、
改良を重ねたことで、現在ではきれいなハート形になっています。

平家パイとは
対する平家パイが発売されたのは2012年。
幾層にも折り重ねたパイ生地に洋酒漬けしたレーズンをトッピングして焼きあげています。
ふんわりソフトな点が、源氏パイとは対照的です。

比較的新しい商品の平家パイですが、実は「ある商品」を改名して誕生しました。
元になったのは1993年発売の「レーズンパイ」。
変わったのは商品名とパッケージデザインで、中身そのものは基本的に同じです。

なぜ改名したのか? 三立製菓の企画開発部の担当者に尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「もともとお客様からも『平家パイは無いのですか?』というお問い合わせをちょうだいすることがあり、
ネットでも同様の声が複数ありました。
そんななか、2012年のNHK大河ドラマが『平清盛』に決まったことを受けて、発売が決まりました」

お菓子の形を「源氏の放った矢を受ける平らな盾」と見立てており、
飾りのレーズンは矢を受けた跡をイメージしているそうです。
パッケージについても、赤と白を基調とした源氏パイと並べても見栄えするように、
紫色をメインカラーに採用しているそうです。

大勢は決した?
源平合戦の現状はどうなっているのか?
その点については「平家パイの売り上げは、源氏パイの2~3割ほどです。
ただ、引き続き店頭では源平合戦を繰り広げて頂いている店舗もありますので、
平家パイにも頑張ってもらいたいです」。
しかし、源氏パイに対して決定的に劣っている点が、平家パイにはあるそうです。
 「現在、通常品の平家パイは休売中で、お徳用のみの販売となっています。
でも、お徳用が生き延びているということは、平家は滅亡していなかったってことですね」

きのこ・たけのこの争いを引き合いに盛り上がっていることについては、こう話します。
「ひっそりやっていた企画が6年目にしてフィーチャーされるとは。
便乗させてもらっている感じがして、明治さんに源平セットを贈りたい気持ちです」
話題になったことについては、「ただただうれしいです。
この勢いで店頭でまた源平合戦を展開してくださるスーパーさんが増えてくださるといいなと思います」
と話していました。


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平家パイはあまり見たことがない。

日記(6/8)

昨日も今日も暑くてだるい。
この前、結構髪を短くして、すっきりしたのは一時的で
首に刺さる髪が鬱陶しい。
結べる長さが本当は楽なのだが、年齢肩のせいで腕が上がらず結べない、
ブローできない、というのは何度か書いた。
治るのに一年位はかかるらしいが、前よりは少し腕が上がるようになった気がする。
痛みがおさまってきたので、少しずつストレッチを始めている。
でも、寝るときの保護サポーターは、まだ取れない。
今より暑くなったら、蒸れそう。

東北に心寄せ続け 両陛下、福島訪問終える

東北に心寄せ続け 両陛下、福島訪問終える
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180612_63011.html

天皇、皇后両陛下は11日、3日間の福島県訪問を終え、皇居に戻られた。
10日の第69回全国植樹祭への出席に続き、最終日は相馬市などを訪問。
東日本大震災の犠牲者の慰霊碑を拝礼し、遺族を励ました。
植樹祭(国土緑化推進機構、県主催)は
津波被害を受けた南相馬市原町区雫(しどけ)地区の海岸防災林整備地であった。
福島開催は1970年以来48年ぶり。震災後の東北では初めて。
2019年4月末に退位する天皇陛下にとって、最後の植樹祭となった。
両陛下はクロマツやアカマツなどの苗木を植えたり種をまいたりし、
介添え役の県内の小学生に「成長するところを見に来てくださいね」などと声を掛けた。
皇居内で採種されたエノキの植樹も見守った。
植樹祭は津波や東京電力福島第1原発事故の影響を受けた森林の再生を掲げて開催。
内堀雅雄知事は主催者を代表して「緑豊かな古里の再生に全力で取り組む」とあいさつした。
両陛下は11日、相馬市原釜地区で、原釜、尾浜両地区の犠牲者207人の名前が刻まれた慰霊碑に献花。
市内の水産施設で面会した遺族を「お寂しくなられましたね」などといたわった。
原発事故後の漁業の試験操業に関する説明も受け、地元で水揚げされたカレイなどを購入した。
宮内庁によると、皇后さまは11日早朝、疲労のため38度台の熱が出たが、予定通り日程をこなした。

内陸地震から10年

<岩手・宮城内陸地震10年>傷痕残る山 生きる人々の歩みは続く
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180614_13021.html

 死者17人、行方不明者6人を出した岩手・宮城内陸地震は14日、発生から10年となった。
栗駒山麓周辺の被災集落では過疎と高齢化が進む一方、
休止していた温泉宿が再開の準備を始めるなど光も差し込む。
地域再興に向け、山に生きる人々の歩みは続く。
 内陸地震は2008年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生。
マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。
死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。行方不明者は宮城県4人、秋田県2人。
 国内最大級の地滑りが起きた荒砥沢崩落地(宮城県栗原市栗駒)は
10年の歳月を経てもなお、のこぎりで山を切り落としたような荒々しい岩肌をさらす。
栗原市は被災後、大規模崩落地を核とした防災教育や観光振興に力を入れてきた。
土砂崩れなど山地災害が全国で頻発する中、
内陸地震の爪痕は備えの在り方を再考するための貴重な財産でもある。
 市は14日、内陸地震発生時刻に防災行政無線でサイレンを鳴らし、市民に黙とうを呼び掛ける。
市栗原文化会館で追悼式を行い、犠牲者の冥福を祈る。
2018年06月14日木曜日

函館へ

先週、函館へ行ってきた。
母と姉と三人で。
北海道新幹線に初めて乗った。
北海道新幹線の車両には二種類あるということで
E5系はいつも乗っている東北新幹線と同じだが
H5系は床のカーペットが雪の結晶模様だったり、ブラインドもアイヌの文様だったりして
若干違うという情報を事前に仕入れていて、実際に乗ってみた。
選んで計画したわけではないが、行きはH5系で帰りはE5系。
新青森で車掌さんが交替。ここから北はJR北海道の管轄となる。
青函トンネルに入るときにはわざわざアナウンスするし、ざっとした説明もする。
トンネル通過時間は約25分間。
スピードが違うので=距離ではないけど、仙台からくりこま高原の時間と大体同じ。※
なんでか知らないけど、海の底にいるというだけで息苦しい。
危うく過呼吸になりそうだった。
青函トンネル以外にもトンネルが多く、あまり景色はよく見えなかったが
寒々とした海がちらほらみえたし、田んぼは田植えをしたばかりの感じ。
朝7時前に出て、新函館北斗駅に10時過ぎに到着。
新函館北斗駅はくりこま高原駅のように何もなし。 
新函館北斗からはこだてライナーで函館へ。
横向きの座席の電車で寂しげな景色。こちらもまるで旧栗鉄のよう。
20分ほどで函館。
あとはお決まりの朝市、五稜郭、赤レンガ
二日目は元町エリア
どこへ行っても中国人だらけだった。
泊まったホテルは最上階の海側でとても景色が良かった。
そんなに時間もとれなかったし、母は高齢でそんなに歩きまわれないし、
私も乗り物は苦手なのであまり動き回らず、函館市内だけ。
北海道に行ったーという感じはあまりしなかった。
天気は二日間とも曇りで辛うじて雨は降らなかったが風が強く、寒かった。
帰宅後、母と姉は比較的早く疲れがとれたようだが、
私は三日くらいは回復しなかった。
いちばん若いはずなのにどうしたことか。


(追記)
※盛岡-仙台間ノンストップのはやぶさでは
くりこま高原駅を通過して仙台駅に到着するまで約18分、ということを確認した。
だから距離は大分違うということになる。



日記(6/22)

長い一週間だった。
毎日頭痛だった。
一昨日、やたらと熱い、テンションの高い人と話す機会があったが、
どっと疲れた。三日分くらいの疲れ。
相槌の笑顔が引きつっていたかもしれない。
この頃、くどい話を聞くことが苦痛になってきた。

クマが海を泳いで上陸

TBC東北放送
宮城県気仙沼市の離島 クマが海を泳いで上陸
更新日時:2008/6/23(土)12:43:35
http://www.tbc-sendai.co.jp/01news/fr.html?id=00002113

23日朝、宮城県気仙沼市の大島でクマが泳いで上陸する姿が目撃されました。
大島では、クマの目撃情報が相次いでおり警察で注意を呼び掛けています。
クマが泳いで大島に上陸するのを目撃したのは養殖業を営む小松武さんです。
23日午前8時半頃、沖合150mほどのカキの養殖いかだの近くを、
体長1メートルほどのクマが大島に向って泳いでいるのを発見しました。
小松さんは「航路にカモメがすごい数飛んでいたので変だなと思ってみたら
クマが泳いでいた」と話しています。
小松さんは上陸を阻止しようと船でクマに近づいたものの、クマは岸壁に泳ぎ着き
岩場から上陸したということです。
大島では、昨夜も雑木林に入る2頭のクマが目撃されるなどクマの目撃が相次いでおり、
警察で注意を呼びかけています。

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新しくできた橋を渡ってシカが上陸したことは確認されていて、クマも橋を渡って大島へ行っているかもという
ニュースがちょっと前にあったが、泳いでも渡ることもできるというのであれば防ぎようがない。

町田宗鳳

(転載)

「法然のゆるし」より

万人が救いの対象となった寛容な専修念仏の教えは、
人心をわしづかみにした一方で、
「積極的に悪事を働いても弥陀の本願力は妨げられない」と
誤解される危険をはらんでいました。
「造悪無礙論」といわれる考え方のことです。
宗教の圧倒的権力から解放されることを望んでいた当時の人々にとって、
混乱の世における包括的な救済論は渡りに舟でした。
教えが広まるにつれて、専修念仏を自分に都合よく曲解して
反社会的な行動に出る。念仏者が続出するようになり、
そのことはやがて、浄土宗が危険思想とみなされて弾圧される要因となりました。
法然の教えは。常識を大胆に破るインパクトの強い思想で、
いわば急病を治す特効薬のようなものであった反面、毒性も強かったのです。
法語によれば、「阿弥陀仏の誓いは、ひどい罪を犯した最低の人間と、
愚かで理解の浅い人々を救済するためになされた」と法然は言っています。
しかしそれは、すでに行ってしまった悪事のことで、
しかも血の涙を流すくらいに懺悔したうえでの救済であり、
法然は小さな悪事でも積極的に犯すべきではないと繰り返し警告していました。
自分は立派だと思っている人と、深い懺悔の心を持つ人と、
どちらが仏に近いかといえば後者であって、
法然は深い懺悔の中で真剣に称えられる念仏こそ、
厳しい修行よりも貴いと判断したのです。
懺悔の過程が省かれている宗教はさまざまありますが、
懺悔なく信仰を積み上げていくだけでは、
不運とも思われる出来事に遭遇したときに、
簡単に信仰を捨て去ることになりかねません。
そのような信仰では、期待や自意識を積み上げてしまい、
裏切られたように感じるからです。
「善人尚ほ以て往生す、況や悪人をや」という悪人正機説は、
一般的には親鸞が初めて唱えたように考えられていますが、
それを経典の中に見つけて注目したのは、
親鸞の師匠であった法然のほうが先です。
そこで法然が「悪人(から救われる)」と言ったのは、
嘘をついたり盗みを働いたりする、いわゆる道徳的な悪人を指していたのではなく、
自分の服を自覚した人のことを示していたのです。
それは、トラウマに気づいた人と言い換えることもできます。
反対に「善人」とは、道徳的であろうとする意識的な自己しか
見ていない人という意味になります。
『選択集』において、法然は
「極悪最下の人のために極善最上の法を説く」といっていますが、
それは悪いことをした人から救われるということではありません。
どれだけ高学歴で上品な恰好をしている人であっても、
みな深層意識には盲目的な衝動や、悪魔的な何かがあります。
ユングの説いた、「四位一体」の考えをご存知でしょうか。
キリスト教信仰の「神と子と精霊」を一体現する「三位一体」説に、
サタン(悪魔)を加えた考え方のことです。
ユングは臨床心理学の立場から、三位一体説には、
存在するはずのサタンの居場所がないと異議を唱えました。
無意識(サタン)を不当に抑圧することが多様な精神病の原因となっており、
それを積極的に意識と統合させることで心の病から回復するばかりか、
人格をより完成させるというのが、彼の主張でした。
サタンに相当するものを魔女や異端として他者に振り向け、
信者との対立構造をつくることで下部を切り捨ててきたのが、
キリスト教の歴史です。そのように自己の外に悪を対象化する思考構造は、
近代文明の根幹をなすものとなってしまっています。
仏教的にいえば、サタンは心に巣くう煩悩であり、
排除しようとしてもとうてい排除することなどできないものです。
法然が、その煩悩を抱えたままの人が救われる道を模索した結果、
見出されたのが悪人正機説であり、専修念仏だったのです。
法然も親鸞も言っていた「凡夫往生」の凡夫とは、
いわゆる平凡な人のことではなく、何のとらわれもない人のことてです。
法然が唯一、筆をとってしたため『一枚起請文』に、次のような一節があります。
「念仏を信せん人は、たとひ一代の御のりをよくよく学すとも、
一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともからにおなしくして、
智者のふるまひをせすして、たた一向に念仏すへし」
〈念仏を信じる人は、たとえ仏教経典のすべてを読み尽くしていたとしても、
知識人ぶらずに、何も知らないで無知でおろかな人間のように、
ひたすら念仏すべきである〉
この「無知で愚かな人間」、凡夫ということについて、
私が大切にしているのが“タダの人”という考え方です。
講演会などではよく、善導の『観経流』に出てくる「二河白道の譬」を使い、
火の河と水の河を、優越感と劣等感に置き換えて、その解説をしています。
自信過剰と自己不信という2つの河に落ちずに、その真ん中をスーッと渡るのが、
いっさいのとらわれのないタダの人であって、
凡夫往生とはそのような人から救われるということなのです。
自分は賢いとか容姿がいいなどとを思っている人は、
そのことにとらわれてしまい、タダの人たりえません。
逆に、エゴが木っ端微塵に壊された人こそがタダの人、凡夫です。
しかし、人間は優越感と劣等感のどちらかに陥っていることがほとんどですから、
タダの人でいることは非常に難しい。
その意味ではむしろ、タダの人こそ真のエリートといえましょう。
これを文学になぞらえると、トルストイの民話「イワンのばか」の主人公が、
宮沢賢治の世界ならば「でくのぼう」のような人がタダの人です。
法然の言葉を借りれば「生まれつきのまま」の人に、
禅の世界では「痴聖人(ちせいじん)」になります。
そういう人は、自分が自分であることに満足しているため、
幸せだという実感に包まれており、それ以上何も手に入れる必要がありません。
だから自分の境遇に感謝することができ、
不遇に苦しむ他者に心から同情して愛を与えることもできるのです。
既成権力からの弾圧に屈せず、専修念仏によって人々を救おうとした
法然自身がそのような人であったことは、言うまでもありません。
(町田宗鳳)

日記(6/28)

今の季節、朝方に特長のある鳥の鳴き声が毎年のように聞こえていたが
ホトトギスだということがわかった。

ホトトギスは百人一首や古い和歌にもよく登場する鳥で、
もっと静かな、寂しげな鳴き声かと勝手に思っていたが
けたたましく、騒がしい鳴き声。
私は何年も怪鳥だと思っていた。

長い間、ホトトギス=テッペンカケタカだと気がつかなかった。
別の鳥だと思っていた。
たしかに「テッペンカケタカ」言っているような気がする。
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