第2061回「新たな元号、令和についてどう思いますか」

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出典が万葉集というのは良い。
令和という言葉そのものも特に悪いとは思わない。
どの時代でも良い事もあれば悪い事もある。
「令和」になじんではいないが、なじむつもりもない。
使うのは最小限にしたいと思っている。
令和が早く終わることを願っている。

日記(8/4)

今日も暑かったが、昨日までよりはいくらかいい。
朝、ぼんやりしていて
卵を割ってボウルに入れるつもりが
中身を生ごみ用のザルに、殻をボウルに入れてしまった。
ザルは毎日きれいにしているし、黄身がしっかりした卵だったので、形はそのままだったが
やはり三秒ルールは通用せず、一個無駄にしてしまった。

週間予報によると、今度の土曜日からは雨になって、気温もやや下がるらしい。
それまでと天気や気温がまったく異なると帰省時は困ってしまう。
帰った日は暑かったのにものすごく涼しくなってしまって
母や姉からカーディガンやジャージを借りたりする羽目になったことも以前にあった。
そして洗濯物が乾かなくて困ったりもする。
私は帰省時も自分で洗濯するので、脱水や乾燥、干す場所など自分でいろいろ工夫できるから良いが、
甥は帰省時にパンツが足りなくなったとひっそりとつぶやき、
私やおばあちゃんがせっせと温風に当てたりして早く乾くよう手配したものの
デリケートな彼にとっては、どうやらそれが嫌だったみたい(私の推定)で、
その後、靴下やTシャツ以外の洗濯物は出さず、泊まる数だけのパンツを持参するようになった。

今日も洗濯物がすぐに乾いてうれしい。
少し前から、台所の布巾はすべて晒にしている。
10mの晒を買って、50cmずつに切り、食器拭きに使っている。
そのままきりっぱなし。ほつれてくるが次第に落ち着く。
一部は糸で目印をつけて、野菜の水切りに使っている。
キッチンペーパーでも良いのだが、晒もすっきり水が切れるし
スライスした玉ねぎなどは、キッチンペーパーだと貼りついてしまうが晒はそうでもない。
野菜用は、ぬれ布巾にしてご飯をレンジであたためるのに被せたりもしている。
吸水性も良く、とにかく便利。
洗ってもすぐに乾くし、替えがたくさんあるのでいつも清潔なものを使える。

四立

立春・立夏・立秋・立冬で四立。
例 立夏とは、太陽中心が視黄経45度を通過する日。
夏の始まりを示す日。
旧暦四月節。八節の一つ。

四立と、冬至・夏至・春分・秋分の二至二分(にしにぶん)をあわせると、
八節(はっせつ)となる。
冬至・夏至はそれぞれ太陽がもっとも南、あるいは北から昇る日で
昼がもっとも短いあるいは長い日。
春分・秋分は太陽が真東から上り真西に沈む日で、
昼と夜の長さが同じになる時期。

二至二分は四季といわれる 4つの季節のそれぞれの極み。
季節の中心と中心の中間地点は、
季節の始まりであり終わりの時点を示すものだと考え、
この季節の始点でありまた、終点でもある点に
四立の名を与えたものと考えられる。

二至二分と四立の八節がやがて、
月の満ち欠けから始まった一年を12の月に分割する方式と組み合わさって
できたものが二十四節気。

数珠


転載

数珠は、仏様や菩薩様、ご先祖様を拝むときに回数を数えたり、
通夜や告別式などに参列するときに使う。
宗派によって多少形が異なるが、数珠本来の意味は同じ。
数珠は、珠の数が108個のものが正式とされている。
これは人間の煩悩の数で、その煩悩を消滅させる功徳があると言われている。
数珠はお釈迦様の時代にはすでにあり、古来ヒンドゥー教のバラモンが儀式で使い、
その後、密教の僧侶が使い始めたとされる。
日本へは仏教伝来と同時に伝わり、
当時は貴族の仏教徒のみが使っていた。
その後は、鎌倉時代になると、一般の仏教徒も使うようになった。
数珠は持っているだけで魔除けや厄除けとなり、福を授かるともいわれている。

善導大師

(転載)

善導大師(唐)

一心に専ら弥陀の名号を念じ、
行住坐臥(ぎょうじゅうざがく)に時節の久近(くごん)を問わず、
念々に捨てざるもの、是れを正定の業(しょうじょうのごう)と名づく。
彼の仏の願に順ずるが故に
「南無阿弥陀仏」と一心に仏の御名を称え、
行動しているときもとどまっているときも
座っているときも寝ているときも、についかなる時でも
心をこめて念仏を称えること。
これこそが正しく往生できる行である。
なぜなら、それが阿弥陀仏の衆生(しゅじょう)〈生あるものすべて〉を
救うという誓願に適っているからである。

極楽往生は自らの力で可能となるのではなく、
阿弥陀仏の本願の力(他力)に乗じることによって、
はじめて叶うものであり、阿弥陀仏は念仏を称える
すべての人々をその願いに応じて往生させてくださる。
つまり称名念仏こそが、万人を救う唯一の道である。

法然の「ゆるし」

法然の「ゆるし」 梅原猛 町田宗鳳 新潮社

ほのをはそらにのぼり、みづはくだりさまにながる。
菓子の中にすき物あり、あまき物あり、
これらはみな法爾道理也。
阿弥陀ほとけの本願は、名号をもて罪悪の衆生をみちびかんと
ちかひ給たれば、ただ一向に念仏だにも申せば、
仏の来迎は、法爾道理にてそはなるべきなり
(禅勝房伝説の詞)

炎は上に向かって燃え、水は下に向かって流れます。
菓子の中には、酸っぱいものも、甘いものもありますが、
そのように当たり前の事実が法爾道理(ほうにどうり)なのです。
阿弥陀仏が、念仏すれば罪ある衆生も救おうとお誓いになったのですから、
ひたすら念仏すれば、仏が迎えに来ることも、また法爾道理なのです。

善人尚ほ以て往生す、況んや悪人をや、の事。
私に云はく。弥陀本願は、自力を以て、
生死を離るべき方便ある善人の為におこし給はす。
極重悪人にして他に方便なき輩を哀れんでおこし給へり
(三心料簡および御法事)

善人ですら往生できるのですから、悪人が往生するのは当然のことです。
阿弥陀仏の本願は自分で救いの道を見出す能力のある
善人のためにあるのではありません。
念仏するほかに救いの道がない極悪の人間を憐れんで、
本願を誓われたのです。

※悪人正機は親鸞より前に法然が言っている

又宿業かきりありて、受くへからん病は、いかなるもろもろの仏神に
いのるとも、それによるましき事也。
いのるによりて病もやみ、いのちも延る事あらば、
たれかは一人として病み死ぬる人あらん
(浄土宗略抄)

人間には与えられている運命というものがあって、
病気を直してほしいと、どれだけ神仏に祈ったところで同じなのです。
祈って、病気が治ったり、寿命が延びたりする事があれば、
誰一人として、病気で死ぬことがないはずです。

念仏申さむ者は、只生れ付のままにて申へし。
善人は善人乍ら、悪人は悪人乍ら、
本のままにて申すへし
(禅勝房伝説の詞)

念仏を称える者は、ただ生まれつきの性格のままで称えればよい。
善人は善人、悪人は悪人、
そのままで称えるとよいのです。

受けがたき人身をうけて、
あいがたき本願にあいて、
おこしがたき道心を発して、
離れがたき輪廻の里をはなれて、
生まれがたき浄土に往生せんことが、
悦びが中の悦びなり
(黒田の聖人へつかわす御文)

人間として生まれることが難しいこの世に生を受け、
出会うことの難しい阿弥陀仏の本願にも出会い、
起こし難い往生の志を起こし、
離れ難い生死輪廻の世界を離れて、
往生し難い極楽浄土に往生できるということ、
これこそ喜びの中の喜びではないでしょうか。

日記(8/18)

お盆の帰省は長めに休みをとったのでのんびりできた。
今年も盆棚もきちんと作り、お墓参り、迎え火、送り火も決まり通りにして
はっとや餅も供えたし食べた。
お正月もそうだが、お盆はお盆らしいことをしないとなんだか落ち着かない。

今回は行きも帰りも思ったほどの混雑はなく、疲れも少ない。
明日から仕事。
もう頭から仕事がすっかり抜けて、ちゃんと復帰できるか心配。

日記(8/24)

朝晩、涼しい風が吹くようになった。
この夏は冷夏と猛暑、両方体験したような気分。
均してみれば、普通の暑さの夏だった。

明日は市議会議員の選挙。
選挙カーがうるさい。
今回は市内だけの選挙なのでひっきりなしにやってくる。
区毎の選挙区なのでとにかく切れ目なく、同じ人が何度もやってくる。
特に、今日の朝8時過ぎから、車を止めて長々と演説した日●●産党のM氏は本当にうるさかった。
絶対にこの人には投票しないと心に決めた。
この間、参議院選挙で当選した石垣氏もM氏を応援している。
M氏は今日だけで4回もこの周辺の道路を通った。
他にも最終日で必死なのか別の候補者がおかしな文法の日本語で通り過ぎて行った。

このところ、小さな地震が増えてきたような気がする。

六輝は迷信

足利時代に中国から伝来。
一ヵ月30日を6日単位に数えるために考えられた。
暦に掲載されたのは明治六年。
現在の順序は明治半ば以降。
天保年間までは単に時刻の呼び名。吉凶の意味づけはない。

先勝(せんがち)
先手必勝、早い者勝ち、という意味で何ごとも早く、

急いで行えば幸運につながるという。
商品の仕入れや訴訟事は早めに積極的に。

友引(ともびき)
凶事に友を引き込むという。
何ごとも引き分けで勝負や損得が明確にならない日

先負(せんまけ)
先勝の逆で早まれば負けとなる。

もともとは大吉に次ぐ良い日とされていたが、
字面から何ごとも控えめにして相手の出方を待てという日

仏滅(ぶつめつ)
仏様も滅亡してしまうという最悪の日。

元は空亡(くうぼう)、虚亡(こもう)と書いたものを
意訳して物滅(もつめつ)となった。

祝事や法事はよくないが葬式はよい。

大安(たいあん)
泰安吉日。何をやっても良い結果が得られるという。

全ての念願が成就する。
開店、旅行、受験、習い事を始めるには大吉日。

赤口(しゃっく)
赤舌日ともいい、なんとなく嫌な感じがするので凶日とされている。
赤口とは羅殺神(らさつしん)という鬼のこと。
刃物を持つ職業の人たちは特に注意。


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諸葛孔明 戦術六輝
第一日 先んずれば勝つ
先制攻撃で敵の虚を突けば、

労少なくして勝利を獲得することができる。

第二日 友軍を引き寄せ戦力を強化
友軍に援護を求め敵勢より有利な条件を作れば勝利する。

第三日 先んずれば負ける
油断していると見せかけ、敵をおびき出し背後から攻撃する。

第四日 軍需物資の補給日
食料や飲み水が減少したので、物資の調達をする日

第五日 泰平楽な一日で鋭気を養う
戦いの疲れを癒し、大いに飲み食いをして安楽に過ごす

第六日 赤は血液の赤や軍隊の戦を意味する
明日からの戦に備えて、武器の手入れをする

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