眞子内親王殿下ご結婚決定

眞子さまご結婚 異例ずくめ 宮内庁、苦渋の決断 皇室への影響も懸念
2021/10/1 17:58
https://www.sankei.com/article/20211001-2FDKWWE73RJ33NLZGPZMUFIZA4/

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やはり止めることはできなかった。
御本人のご希望なのだから仕方がない。
これまで真摯にご公務を務められてきただけに、
追い出されるように去ることもおいたわしい。
PTSDは結婚報道以降とのことだが
中学生の頃から、(つまり何の瑕疵もない頃から)誹謗中傷に悩まされていたという。
皇嗣ご一家への組織的な誹謗中傷は以前から本当に目に余るものがある。
平成のころの東宮一家がしでかしたことをそのままスライドさせたり
今の天皇の妻の出自を皇嗣妃殿下にスライドさせたり、
高円宮家の奔放な女王方の行動を眞子内親王殿下や佳子内親王殿下になすりつけたり
天皇長女のちょっとどよーんとした、知能が若干云々な様子を悠仁親王殿下になすりつけたり
誰がさせているのだろうと思う。
批判させるような方向に仕向けるような雑誌の見出しも。

小室氏への疑問は誹謗中傷だけではなく、
眞子内親王殿下の行く末を心配するが故の声もあったと思うが
今の天皇が結婚した時から始まった皇嗣ご一家への誹謗中傷は本当に悪質だ。

一時金はずいぶん早くから辞退の意向だったということ。
婚約発表より前だということだから、小室氏の正体云々の前から
一時金の批判をされることを苦慮していた。
それを考えると、一時金はしっかり受け取り
つり合い的にも申し分ない、出雲の神職と結婚したのにもかかわらず
実家に入り浸りの方はどうして批判されないのだろうと思う。

もう決まってしまったのなら仕方がないが
このような精神的に不安定な状態で、結婚して、渡米して大丈夫なのかと思う。
もし万が一、結婚がうまくいかなかったら、もう帰ってくる場所はない。
ほぼ勘当のような形だが、逃げ場や相談する場所は用意しておいてもいいかもしれない。
それすら猛叩きする人はいるだろうけど。

メンタルの病気を公にしたことで
天皇の妻と同じかという向きもあるが
天皇の妻はやりたくないことをさぼるために
祭祀は~長時間の公務は~地方の懇談は~とやってきたのだから違う。
天皇の妻は皇室が合わないから病気になったというが
出ていくという選択はせず、居心地のいいように変えてきた。
眞子内親王殿下は公務や祭祀はきちんと務められていた。
今回の発表は
「お金も持たずにそっと出ていくので、謂れのない誹謗中傷をせず
もうそっとしておいてください」ということ。
だが、そっとしておくということと、結婚相手の怪しさに目をつむるということは違う。
小室氏は母親の借金をすっきりと支払い、説明し、身辺をきれいにして
何もかも捨てて嫁ぐ眞子内親王殿下のために誠意をみせてほしい。




日記(10/2)

昨日は雨だったが今日は良い天気。
近くの公園でも久々に何かイベントをしているらしくて音が聞こえる。

今週のモネ
モネが気仙沼に帰るにあたって、
みーの顔色を窺う、父母とじいちゃん。
モネが事前にみーに了解をとっておいたのはやはり正解だった。
すーちゃんの「モネが島に戻りたいと思えるようになったのは本当に良かったと思っている」
というセリフが良かった。
宇田川さんの絵は海と森と空(夕焼け?彩雲?)
過去に描いた絵ということだが、まさにモネのための絵だ
モネは大声でお礼を言えばいいのにと思ったが、
もしかしたらこちらから声を掛けたら宇田川さんがパニックになる?

少し伸びた木の苗は帰るときに「ようやく帰るんだね」としゃべり
帰って仏壇に手を合わせると仏壇の中から「帰ってきたね」と声がする。
分魂なのか。

山寺さんはやはりネイディブだ
築館のおかやまはじめさんも出てた
FM担当の小山さんは「こやま」さんと言っていた。
どうでもいい話だが、気仙沼は「おやま」読みが多いと気仙沼出身の小山(おやま)さんが言っていた。
大学時代、同じゼミに小山さんが二人いて
一人はおやまさん(気仙沼出身)、もうひとりはこやまさん(会津若松市出身)だった。
会津は圧倒的に「こやま」読みが多いらしい。
栃木県には小山市(おやまし)があるけど、全国的にはどちらが多いのだろう。

みーはモネのお土産の木のお弁当箱をまだ使っていた。(つめるシーンがちらっと)
アメリカンパトロールをかける、ということはまた音楽を再開する方向へ向いてきた、ということなのだろうか。
三生が喜んでいたのが印象的。
三生は数日居候していたときも、楽器がまだあることに気が付き、何か言いたそうにしていた。
先週のホルンの人の影響もあるかもしれない
モネ「音楽なんて役に立たないよ」(2011年7月)からいつか抜け出せるかも。

漁ちんの言葉は、そう思う人がいて当然とは思うし
苦労してきた漁ちんだからこその言葉だと思うが
目つきや「ふん」と鼻で笑う態度が意地悪く感じた。
一度言った後、言い訳のようなごまかし方をしたと思ったら
再度、あらためて言うのも怖い。
隣で聞いていたみーの冷たい目つきも同様。
あのふたり、死んだ魚のような目が共通点。ふたりとも活きのいい海産物を扱っているというのに。
魚の目にもいろいろあり、イワシは恨みがましい目
ふたりはそれに近い。
あの男、他人の家の冷蔵庫を見て(開けたのはみーだが)
日本酒あるよって言ったりしていたが、いくら親しくでも苦手だ。
以前にもあの男は他人の家の押入れをあけてカラオケセットを出そうとしていた。

モネの勤務について
説明では平日の朝7時と夕方5時
12時はAI(でも良い)というセリフ
菅原大吉がアワビの開口の件で来たときのシーン
モネの担当終了と思われるヘッドホンを外したときの時間が12時半。
30分もしゃべっていたのか(お天気プラスαで?)
夕方の放送が終わってやはりヘッドホンを外したシーンの時計は6時。
1時間もしゃべっていたのか。
事前の説明時のタイムスケジュールの枠の大きさは15分位だった気がする。
祭り前日の土曜日(11/16)も当日日曜日もあの施設の中にいた。
ボランティアだからある程度自由?

モネがアワビの開口を調べていた宮城県のHPは本物らしい。
(?ロゴと色合いは本物っぽかったけど確認していない)

じいちゃんの「しぶどくいげ」は良かった。
通常、朝ドラヒロインの何かをしつこく(善意で)押し付ける態度はものすごく苦手なのだが
じいちゃんのセリフのおかげかそんなに嫌な感じはしなかった。

NHK仙台放送局の朝の天気の人、
何日か前から手に包帯を巻いていて気になっていた。
今日、実は転んで骨折したという話をしていて
早く治して「おかえりホネ」と言いたいとか言っていてさむけがした。
寒い駄洒落だし、おかえり骨だと火葬の終了のようだし。

おかえりモネファン感謝祭in気仙沼も全国放送に先駆けて今日、放送されていた。
やっぺえや篠原さん、ホヤボーヤもいた。
オープニング体験コーナーの施設で三生が
あの布に囲まれながら「ただいまみつお」っていうのをやっていた。
事前に募集していた好きなシーンベスト3は
UFO話
登米での木婆婆とのお別れシーン
モネお天気お姉さんデビュー
だったと思う(ちゃんと見ていなかったので違うかも)

日記(10/8)

朝晩の気温がだいぶ低くなった。
近くの公園の木々も色づいている。

今週のモネ

みーは漁チンと飲んでも「いつもこの時間に帰される」って言っていたけど何時?
帰宅後ごはんは食べるといっていた
固定電話に漁協の事務長から用事の電話がかかってくるような時間
じーちゃんとアヤコさんが話している後ろでみーとモネがご飯の準備?
耕治がこっそり帰宅
モネの仕事場で30分ほど酔いを醒ましたとしても家に着いたのは20~21時前と推察
だとすると19時半には帰された?
漁チンは前にみーちゃんはザル、俺はいつも潰されると言っていたが
漁チンはいつも潰されたふりをして、おひらきにしているのではないだろうか。

月曜日にモネの夕方の放送が6時に終わるということを明確にしていたので
夕方は間違いなく1時間番組だということがわかった。

じーちゃんが調子が悪そうで心配
ばあちゃんに会いたくなったと言っていたし
最後まで元気でいてほしい。
じーちゃんは周囲の人の気持ちや考えに気を配り
無理強いはしないし、自分のやり方に固執はしないし、
あのお年の方にしては頑固でもないし、
でも自分の仕事には誇りを持っていてかっこいい。

あかりちゃんは2019年に中三という設定。
だとすると小学校入学は2011年4月ということになる。
そうするとあやこさんの話のつじつまが合わなくなる。
震災の後、1年間は先生を続けたようなことを言っていたので
震災の後に入学してきた設定かとも思ったが、あやこさんははっきりと
「あかりちゃんたちを置いていこうとしていた」と言っていた。
幼稚園児(年長さん)も同じところに避難していたのか?
一日体験入学の日だったとか?
設定ミスか?
あかりちゃんが留年か休学して
本来は高一の年齢だけど転校してきて中三を二回やってるとか?

モネのあかりちゃんへの
「助けてもらってばっかりでも、それはそれでいい世の中のほうがいい」という
セリフは良かった。

日記(10/16)

今日は肌寒いほど涼しい。
休日の朝が雨でひんやり涼しいとよく眠れる。
もう10月の半ばを過ぎた。

今週のモネ
今週も重かった。
今週最後のモネの気持ち翻訳おせっかいはあれで良かったのだろうか。
漁チンの本音を引き出せたことは良かったのかもしれない。
「お前に何がわかる」って自分以外の全員に対して思っていたと。
そうだろうね。
みーはずっと漁チンが好きということは最初から描かれていたけど
漁チンがさほどみーを大切に思っているような感じはしなくて
あの展開でいいのかなと…みーの粘り勝ちだね。
漁チンは疲れていて思考停止になっていたのではないだろうか。
全員徹夜明けなのでおかしくなっているかもしれない。

「大丈夫」(だから構わないでくれ)という人にもう一押しするのは難しい。
本当に「構わないでくれ」なのか、本当は「助けてほしい」のか。
今週全体を通して見るとモネはみーのために動いているような感じがした。
みーがもっと早く全部やめようって漁ちんに言ってあげればよかったというのを聞いてから
明らかに冷静さを欠いていた。
遭難した船が漁チンが乗った船ではなく
漁師A漁師B(サンドウイッチマン)が乗った船だったらもっと冷静に淡々と対処しただろう。

ドラマのはしかた町というのは階上町だろう。
確かにいちご農園がある。
農家の相談ででてきた石月町は岩月かな?
乾燥に強い野菜を作るしかないと思うがそれはJAに相談すべきことだろう。
いちごを食べるシーン
みんなで食べて、次に引きのシーンになったとき
アヤコさんは完食。じいちゃんは1個残。浅野さんは2個残。
モネとみーはそれぞれ1個残。

永浦家にあるカエルの顔の小物入れ?がずっと気になっていたが
いつもの緑色のだけではなく、青いのもあることを発見した。

菅波のロッカーの扉の内側にサメ展のパンフレットがあることを確認できた。
どうなったかと思っていたが結局行けたらしい。
見たかったな。

漁協の神棚の切り紙
一番右端の魚の形のひらひらしていたものは
実家の神社で配布するものにとてもよく似ている。
うちはこれと同じ
うちの周辺ではおかざりと言っている
kamidana1.jpg
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=119602320
これと同じものを多賀城市の東北歴史博物館の近くにあって見学できる今野家住宅でも見たことがある。
(石巻から移築した建物だそうだ)

漁協の神棚に戻るが、四角い切り紙5枚はうちの周辺ではない。
おそらく北野神社のものではないかと思う。
前に書いた永浦家の印刷したお正月様(うちも同じ)はよく見かける。

今週良かったと思ったシーンは
菅波とモネのメールのやりとり
電話で話すと考えがまとまらずあたってしまうからと電話に出ないモネ。
↑ これすごくよくわかる
文字を打っているシーン、モネの声がちゃんと震えていた。
(字だけだとわかりづらいのでドラマ上では声に出して文を読んでいる)
菅波の返信がちょっと冷たいような気もするが
たぶん、信頼しあっているふたりの間ではあれで十分なのだろう。
それに対しての「わたしはここにいます」
このときはモネは先ほどとは違い、震えた声ではない。
表情に関しては微妙だと思うことは多々あるけど声で気持ちの揺れから決意を表現できていた。
モネの「わたしはここにいる」は以前に登米で父に対しても言っている。

電話では埒があかないと思ったらしいモネが漁協にまで来た時
組合長のずろうさんが急須を持ったまま固まっていた。蓋がちゃりんと鳴っていた。
新次さんの演技が素晴らしかった。
新次さんは漁協相手の気象アドバイサーになれるのではないだろうか。


眞子さま30歳に 皇族として最後のお誕生日

眞子さま30歳に 皇族として最後のお誕生日
2021/10/23 00:17
https://www.sankei.com/article/20211023-2L5523HMAFPTHMYG2NGRULE4LU

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眞子内親王殿下お誕生日おめでとうございます。

皇族として最後のお誕生日。
すばらしい内親王殿下だっただけに、手放しでは喜べないご結婚ではあるけれど
どうか眞子様の安全と心の平安と幸せを願っている。

もう見られないツーショットか
(佳子内親王殿下が降嫁された後にはおふたりが会うこともできるとは思う)
simai.jpg
赤坂御用地を散策される秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまと次女、佳子さま=6日、東京都港区(宮内庁提供)

ご一家でのお写真はこれが最後か
goikka2021
家族と一緒に写真に納まる秋篠宮家の長女眞子さま=7月、東京・元赤坂の赤坂御用地(宮内庁提供)


日記(10/24)

昨日、スーパーの帰り道に大きな欅の下にたくさんのブタクサが生えているのを見かけた。
もうブタクサ花粉もおさまったと思っていたのに
どうやらその後から鼻がむずむずする。
でも寒くなってきて、喉の調子もあまり良くないので風邪の可能性もある。

モネ
漁チンと新次の週だった。
まだ死亡届出していなかった(もう終わった話だと思っていた)けど
死亡届を出してくれと美波さんのお母さんが持ってきたときは
まだ死を受け入れられなかったが、息子の危機を通じて
「向こうにいる」と自然に受け入れることができた、という筋は納得できた。
死亡届の死亡(推定)時刻が3月11日の午後2時46分という地震発生時刻で
美波さんの留守電メッセージから推定すると、津波で亡くなったと思われるので
あきらかに記載した時間よりは後の時間だとは思うが、まあいい。
死亡届の回は良い回だったとは思うが、歌詞を口ずさむあたりはちょっとくどかった。

ファンヒーターから太いホースでこたつの中に温風をいれるやつはうちの実家にもある。
じゃまなので私は嫌いだが、こたつのスイッチをいれなくてもよいので省エネにはなる。

耕治の名前の意味がわかった。
耕治がじいちゃんに頭をさげるシーン(金)、みーだけ座布団なし
あの木の苗、最近しゃべんなくなったけど、じいちゃんの手に渡った。
じいちゃんがかえるの入れ物をかえるちゃんと呼んでいた。
あのかえるはどうやらブイらしい。
新次とモネはなんとなく同じような繊細な空気を纏っている。
前に港でけあらしの話をしていた時もいい雰囲気だった。
あのふたりは男女間という意味ではなく波長が合いそう。

そして神棚
自称神棚研究科の私としては納得できない現象があった。
月曜日放送分の永浦家の神棚。
前からあったお正月様の紙の神様ではなく、
漁協と同じ、切り紙の開運福禄寿+ひらひらのおかざり。
お正月なのにお正月様ではない。
来週放送分の予告では前にあった(うちと同じ)お正月様4枚。
ひらひらは映像だけではどこの神社のものかわからないけど
四角い紙はひとつの神社の氏子ならば二種類ではなく、どちらか一方のはず。
毎年暮れに新年の分がひらひらとセットで氏神神社から配られる(買わされる)。
永浦家は二つの神社の氏子を掛けもっているのか?

漁チンがモネに「きれいごと」と言った件で
説明しようとしたのに遮られてしまった。
しかも週をまたぐ。
一回で全部聞きたかったのに、なぜこのドラマはそういうところをもったいぶるのだろう。
とてもイライラする。
こういう風にもったいぶって実はたいしたことがないということが何度かあった。
このドラマは宮城は舞台だし、主演も嫌いではないし
全体的な空気感も嫌いではないので見続けてきたが、ドラマが面白いかどうかは微妙。
脚本なのか演出なのかわからないけどがっかりする構成だったのは確か。

朝8:00からのを録画して観てきたが
数秒前から録画が始まり、NHK仙台放送局の夕方のてれまさむねの予告をやっているのだが
モネは宮城ということもあってモネ送りすることも多い。
今週、キャスターの岩間という女が毎日毎日「菅波先生出るかなあ」とうるさかった。
個人的な感想はいらない。ちゃんとてれまさむねの予告をやれ。


(10/27追記)
神棚について
南三陸町(旧志津川では)切り紙と御神体の紙を
交互に混ぜて貼るところもあるという意見をいただいた。
参考
https://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/museum/life/article.php?p=237
ということは、切り紙と御神体の紙を同じ神社で配るのも有りだし
それぞれを時期によって貼りかえるということがあってもいいのかもしれない。
南三陸町と気仙沼は近いのでそうなのだろう。
県内でもいろいろ違うということが分かった。
ありがとうございます。



川瀬弘至 おしゃれな保守になろう

日曜に書く
論説委員・川瀬弘至 おしゃれな保守になろう
2021/10/24 15:00
川瀬 弘至
https://www.sankei.com/article/20211024-VR5CKE7HURN4JDK5U43375MI2U/

学生時代、「保守」であることを公言するのは、なかなか勇気のいることだった。
知的でないと認めるようなものだったからだ。
革新(左翼)にあらずんばインテリにあらずという、何とも奇妙な空気があった。

「左」の人たちも…
ところがソ連崩壊後、中国なども含め
共産主義のドロドロした部分が徐々に明らかになり、空気は変わった。
今やどうだ。革新を名乗るほうがむしろ後ろめたく、
リベラルとかいうあいまいな外来語でごまかそうとする向きもある。
一方で保守の株は上がった。
左の方にいた人たちも、こぞって名乗るようになった。

立憲民主党代表の枝野幸男氏も、保守なんだそうである。
「自分は保守であり、リベラルである」
「立憲民主党こそ保守本流の政党だ」と、著書「枝野ビジョン」に書かれている。

枝野氏によれば、自民党が「保守」しようとしているのは明治維新後の150年間の日本だが、
自身はその10倍、聖徳太子の時代からの1500年間を「保守」するんだとか。
そしていわく…
「『保守』が本当に日本の歴史と伝統を大切にするなら、
わずか一五〇年の近代史に拘泥するのでなく、この一五〇〇年の歴史すべてを通して、
先人が積み重ね、引き継ぎ、これからも大切にしなければならないものは何か、
そこから導かれる『日本』とは何なのかということを、
広い視野で考えなければならないはずである」

いいこと言うじゃないか。
しかし同じ口で、万世一系を理解せずに
「女系天皇への支持は大きい」などと言い出すから、ずっこけてしまうのだ。

保守とは、生き方でもある。
〝言ってることとやってることが違うじゃねぇか〟的な人たちにまで枠を広げたくない。

その点、この人は本物の保守だった。

「日本に感謝」
作曲家のすぎやまこういちさんが死去した。90歳だった。
最初にお会いしたのは平成22年の春である。
当時、筆者は月刊誌「正論」の編集者をしており、人生観などについてインタビューした。
「作曲家としての道を歩むことができたのは、日本という素晴らしい国があったから。
私を育ててくれた父母や祖父母に、そして日本に感謝したい」

すぎやまさんは、しみじみ語った。
だから「日本を壊そうとする動きには、どうしても黙っていられない」とも。
以後、何度かお会いし、その人柄に魅了された。
適切な表現かどうか分からないが、生き方も考え方もスマートで、おしゃれなのだ。
人の欠点をあげつらうより、長所を見いだすのが上手だった。
好きなゲームになぞらえて愛国者を「日本軍」、
自国の批判ばかりしている勢力を「反日軍」と呼ぶこともあったが、
特定の個人をむやみに誹謗(ひぼう)中傷することはなかった。

一方ですぎやまさん自身は雑誌などであらぬ批判や中傷を何度も受けていた。
しかし、国の名誉にかかることには毅然(きぜん)と声を上げても、
自身のことは笑って見過ごしていた。

右翼ではない
音楽界における偉大な功績はもちろん、平和主義者であったことも大書しておきたい。
万朝報(よろずちょうほう)のスタッフで反戦活動に関わった祖父、
椙山冨史(すぎやま・ふうし)を誇りにしていた。
音楽に初めて接したのも、祖母が子守唄(うた)がわりに歌ってくれた賛美歌だった。
むろん平和は努力して守るものであり、抑止力としての自衛隊を高く評価していたが、
全体主義や軍国主義には絶対反対である。
保守だが右翼ではなく、両者を混同することを何より嫌っていた。

残念ながら最近、左の人たちが保守の枠に入り込んできて、
もともとの保守を右へ右へと押しのけようとしているような気がしてならない。
先月の自民党総裁選で、高市早苗氏を
テレビ朝日のコメンテーターが右翼呼ばわりして話題になった。
高市氏もおしゃれな保守なので強硬な抗議はしなかったが…。

貴人は、めったに怒らないという。

すぎやまさんの死去が明らかになった翌日、
訃報を伝える各紙の記事で、朝日新聞は「右派の論客」と書いた。
かっとなって悪態をついた。ここにはとても書けないような言葉である。
おしゃれな保守には、まだまだなれそうにない。(かわせ ひろゆき)


眞子さまご結婚 静かに見守りお幸せ願う

眞子さまご結婚 静かに見守りお幸せ願う
2021/10/27 05:00
https://www.sankei.com/article/20211027-GQCF3KQJ2VLHZHNCJ2KBK53WWE/

 秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが、国際基督教大学(ICU)時代の同級生、小室圭さんと結婚された。
記者会見で眞子さまは「二人で力を合わせ共に歩いていきたい」、圭さんは「愛しています」と語った。
 眞子さまは皇籍を離脱し民間人となられた。生活の拠点となる米国で、
言葉の通り力を合わせ、末永く幸せな家庭を築いてほしい。
 本来、国民こぞってお祝いを申し上げたいが、結婚の一連の儀式が行われないなど、
異例ずくめの慶事となったのは残念である。
 記者会見も、冒頭で2人が結婚に際して伝えたい気持ちを述べるにとどまった。
質疑応答は行われず、事前の質問に文書で回答した。
圭さんの母親の金銭問題をめぐる中傷などで
「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断された眞子さまに配慮したかたちだ。
 文書回答の中で眞子さまは、一番大きな不安として
「誹謗(ひぼう)中傷がこれからも続くのではないか」と挙げられた。
2人が語る言葉をもっと聞きたかったが、眞子さまが心やすらかな生活を取り戻されることを願ってやまない。
 眞子さまは平成生まれで、上皇ご夫妻の初孫である。
宮内庁によると上皇ご夫妻は、結婚について、静かに見守り、眞子さまの幸せを願われているという。
眞子さまの姿を幼いころから知る国民の多くもそう願っている。
 この日午前、眞子さまは、秋篠宮ご夫妻と、妹の佳子さまに見送られ一礼して宮邸を出られた。
佳子さまと抱き合い別れを惜しまれる姿に涙した人もいるだろう。
 秋篠宮さまは昨年11月の会見で眞子さまのご結婚を認めると言及した一方、
「決して多くの人が納得し喜んでくれている状況ではない」とも述べられていた。
その状況が最後まで払拭できなかったのは残念なことである。
宮内庁は眞子さまへの十分なサポートができていたか、教訓としてもらいたい。
皇室への敬愛が損なわれることがないよう、皇室を一層支える意識を新たにすべきだ。

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眞子内親王殿下から眞子さんになられた。
ご公務に真摯に取り組んでいた素晴らしい内親王殿下だったので寂しい。
眞子さんがこのご結婚を望んだということなのだから
不安要素は多々あるが、もう何も言わない。
お祝いを申し上げたい。

会見をみて思ったのは、かなり意志がお強いなということ。
皇嗣ご一家については眞子さんがご幼少の頃から
捻じ曲げられた記事を書かれて、その一方で、何をしてもしなくても誉めそやされる伯父さん一家。
筆頭宮家ということで知名度があるゆえに
どこかの女王姉妹の所業はことごとく擦り付けられて雑誌に書き立てられ
マスコミや一部の国民(?)に不信感を抱いてしまったのだろう。
それゆえに好きになった相手の言い分だけを信じてしまい、
諭す周囲の声を聞かなかったのは残念である。
また、ご両親が学生の頃に出会い、ご結婚されて、
お幸せな家庭を築いた実例を知っているからこそ、もしかしたらだけど
小室さんとの出会いが運命の出会いだと思いこんでしまったのかもしれない。

本人の強いご意志で決めたこと。ご覚悟はできていると思う。
でも、間違いだと思ってももう後戻りできないことがお気の毒である。
皇室に戻ることは許されないが、せめて逃げ場がありますように。
とにかく、お幸せに心身ともに健康に過ごせるように、
心穏やかに暮らせるように、大切にしてもらえるように、
安全に過ごせるように、眞子さんご本人も皇室も利用されることがないように願っている。

お見送りの際のご姉妹もだが、お母様である皇嗣妃殿下が涙をこらえているご様子にも
胸が熱くなった。眞子さんが手にしていたブーケは妃殿下と職員の手作りだそうだ。
ご家族もお寂しいことだろうと思う。

謂われなき誹謗中傷を受け続けてきたのは
眞子さんよりも皇嗣両殿下のほうが酷い。
宮内庁はしっかりと対応していただきたい。

おかえりモネ最終回

おかえりモネが終了。
宮城県が舞台ということでほぼ、欠かさず観た。
単純に面白かったとは言えないけど、
よかったなあと思うことのできる結末だった。

今週のモネ
菅波先生初めてモネの実家を訪れる。
初めての大切な客だというのに、玄関ではなく縁側から入った。
そして今まで気仙沼では猫の声なんて聞こえたことがないのに
菅波先生が来た時だけ「にゃ~ん」
東京の風呂屋の時にも菅波先生登場の前後に猫の声が聞こえていた。
いつものあの黒いリュックには猫が入っている かも
モネがじいちゃんの作業部屋に行って、戻っている間に
最初にテーブルに並んでいたごちそうや食器が、激減。
菅波先生の頭上にバナナがぶら下がっていると思ったが
翌日放送分(もねとみーが例の話をする場面)でよく見ると、
どうやら黄色いゴム手袋だったようだ。
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banana1.jpg



モネの由来はももねねえちゃん。
みーが呼び始めたということが分かった。
そして今頃みーの秘密。
でも、どうしようもなかったんだし、
津波はてんで(三陸の言い方だとてんでんこ)に逃げるのが正解だし
結果的におばちゃんは助かった。
(他の大人が助けたということだけど、永浦家は床上浸水はしていないような感じだ)
それでも自分を許せないというのはわかる。
モネだけの心におさめておくには重すぎる傷だ。
あの時いなかったから隔たりを感じて島にいられなくなったどころの話じゃない。
みーのあの暗い目はそういうことだったか。
でも初盆の時の姉妹+母親のやり取りとかを見る限りでは屈託ない感じで
そんな爆弾を抱えているようには見えなかった。

宇田川さんがわざわざみーのためにメッセージを書いてくれていた。
付け足したように漁チンにも。
宇田川さんにとってのみーと漁チンの印象は「ちょこっと来て揉めて騒いだ人たち」だと思うけど
よく書いてくれたものだ。

久しぶりに登場の木婆婆
最後の最後でようやく「あんだだぢ」の濁り具合とイントネーションが完璧だった。
今頃かよ

「おかえりモネ」と言ったのは結局漁チンだったが
あの5人皆が、あの時言えなかった言葉をやっと言うことができたということなのだろう。
ひさしぶりに開けたサックスのリード部分はおそらくダメになっていただろう。
モネがサックスをまた吹いたときの耕治の反応も見たかった。
耕治は誰よりもそれを望んでいただろうから。
耕治が、漁チンの進水式を見に行かない理屈も面倒。
このドラマはこういう心情の理屈が度々出てきて、
映像ではなく活字で読むのなら自分の中で咀嚼しながら納得できそうなのだが
朝ドラとしては面倒だなあと思う。
でも漁チン親子の笑顔は本当に良かった。
船の名前が新次のときと同じだった。
あの長半纏は実際に気仙沼で被災した方のものでがれきの中から出てきたのだそうだ。
最終的には2022年7月まで飛んで、コロナを乗り越えた未来へ行った。

夕方のローカル番組の篠原さんとやっぺえ(黄色い着ぐるみ)が出るようなことを聞いていたが
結局出なかった。
今日、ふたり?が「楽しみにしていた方、ごめなさい」と謝っていた。
撮影したけどカットされたのか、そもそも出ていないけど
視聴者の期待を引っ張るために出演を(希望もこめて)匂わせていたのかわからない。
(感謝祭には出ていたし、感謝祭の出演者が皆、ミニやっぺえを持っていた)

いろんな細かい気になったことを毎週書いてきたが
気になるのは本筋がそれほど面白くなかったからなのかなあとも思う。
確かにあまちゃんやカーネーションなどは本筋が面白くて
設定がおかしなところはたいして気にならなかった。
あかりちゃんの年齢の設定ミスについてはNHKがミスを認めた。
高校浪人したわけでもどこかで休学したわけでもなかったらしい。

あと、どうでもいいが、永浦家のストーブはいつも炎を出しすぎだと思う。
あの場に行って、芯を下げたくてたまらない。
それとドラマの中の世界だから別にいいのだが
県職員だったみーが東京で大学、銀行員だった耕治が永浦水産見習い。
その牡蠣棚は規模を縮小して維持。
子供の塾は繁盛していそうだったがそんなに高くはないだろう。モネもまだ収益上がらず。
この一家大丈夫だろうか。

第一週目だけにでてきたモネの耳が良い設定は最終回にもう一度でてきた。

深い意味があって考察しなければすぐにはわからないセリフも時々あった。
ながら見ではわかりづらいような時系列もあった。
あとはもったいぶって話をちょん切る、イライラする構成。
でも不快感はそれほどない。
観るドラマというより、考えるドラマだった。
清原さんのちょっとした表情の演技にも関心した。
朝ドラにしてはヒロインの自己主張が強すぎず、見易かった。
時々深くて、真意を考察してしまうセリフが出てきたり、
あまりセリフで説明しない分、行間の「…」を表情で心情を読み取るこのドラマは
やはり朝ドラ向きではない気もする。


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おおやしまねこ

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